『あなたの勝ちです』

作:Brown Bear



私の名前は泉田準一郎。 警視庁参事官付きの警部補である。
参事官付きということは、当然、私の上司は参事官になる。


その参事官殿がポーカーの続きをやろうと言い出したのは、 黒蜘蛛島での一件をかたづけた後でのことだった。


「…警視、そろそろ寝ませんか?」
「根性がないわね。一度ぐらい勝ってやろうとか思わないの?」


思ってるよ。だから、疲れるんだ。
私は負けず嫌いなのか、こういう手合いのゲームにはつい夢中になってしまう。
負けるたびに今度こそと意気込むがやはり思うように勝てないので、脳が疲れて しまうのだ。
必然的に眠くなってしまう。


「じゃあ、次でラストにしましょう」
「いいわよ、ただしあの条件を復活させるわよ」
「ええ?」
「最後の大勝負じゃない、そのぐらいないと面白くないでしょ?」


あの条件とは、彼女が勝てば私が言うことを聞く、私が負ければやはり言うこと を聞く。
知らない人間が聞けば理不尽だと思うかもしれないが、実際私は一度も勝っていない。

つまり今日の束縛か、明日の隷属か―――。
どんな二者択一だ、おい。

しかしここで断れば、女王陛下のご機嫌を損ねることは目に見えている。


「…わかりました、条件を飲みましょう。ただ、私が勝った場合も考慮に入れて ください」
「考える必要あるのかしら?」
「ピューマの時にスリルがあったほうがいいと仰ったのは、あなたでしょう?」
「………」


一体どんな詭弁が返ってくるのやら、私は精神的に武装した。


「そうね。じゃあ、君が勝ったらあたしが言うことを聞く。これでいいわね?」


意外にあっさりと彼女は了承した。
負ける気など毛頭ないのだろう。当然だ、彼女の喧嘩は全て勝つのだから。

彼女が優雅な手つきでカードをシャッフルし始める。
一枚目が配られた時、私はなにげなく思った。


(――7か?)


伏せられたそのカードを取ってみると、スーツ(マーク)こそ違えど、確かに7 だったのだ。
どうしてそう思った?
ためしに配られたカードの全てに予想を立ててみると、先ほどの7をふくめて二枚ほど当たった。


(偶然か?)


どちらにせよ、私はカードというものを見て、数字を連想したことは確かなのだ。
それも伏せられたカードを見て。

そう思った時、私はあげそうになった声を飲み込んだ。
もし、カードの裏側に何かしらのイカサマが加えられていたとしたら?


(なぜ数字を?)


当然だ、ポーカーという遊びはスーツが揃うよりも、数字が揃う確率のほうがはるかに高いゲームなのだから。


(くそ、最初から「ポーカーやろう」なんて言い出したのはそのためか!)


運やハッタリが勝負を決めるなんて、ただの方便だったのだ、この魔女め。
さりげなく、彼女の持つ手札やテーブルに積まれたストックを見ても、肝心のイカサマがわからない。
だが、数字がキーになっているというのは大いにヒントになる。

私は勝負に出た。
祈るような気持ちで、二枚のカードを交換する。

彼女も交換を終え――勝負。

彼女はスリーカード。
私はフルハウスに一枚及ばないツーペアだった。


「あなたの勝ちです」


私は彼女の勝利を讃えるようにそう言った。

だが、勝ったにもかかわらず、彼女の顔は不満げだった。
きゅっ、と唇を結んで私を見つめる。


「どうして?」


――きっとあなたなら、そういうと思ったから。

あなたの喧嘩は全て勝つ、それが揺らいだことはない。
方法はどんな形にせよ、あなたは自らの力で勝利をもぎ取ってきた。
勝利を譲られることなど、女王としての矜持が許すわけがない。

ただ、問題は――。


「どうして私のフルハウスが完成していたことをご存じなんですか?」
「あっ」


彼女の顔がしまった、と言わんばかりの表情になる。

そう、私は最初からできあがっていたスリーカードを自ら捨てたのだ。
フルハウスになったのは偶然に過ぎないが、彼女からすれば納得のいくものではないだろう。


「やはり、何かイカサマをしていたんですね…」


溜息とともに目頭を抑える。

そもそも私がどんな小知恵を絞ったところで、彼女に勝てるわけがない。
もし彼女が敗れるとすれば…それは彼女自身にしかないと思った。
それが上手くいったのだ。


「そんなに聞いてほしいお願いが何かあったんですか?」


言い終える前に、私は失敗を悟った。
彼女は泣きそうな感じに顔を歪めると、頬をふくらませてそっぽを向いてしまっ たのだ。

それを見ると、私は天井を仰いだ。


(…なんかズルくないか?)


おそらくイカサマは、私にはわからず彼女になら判別できる暗号のようなものが 、カードに仕込まれていたのだろう。
それが勝負を繰り返す間に、神経衰弱のように私の中で記号的に記憶されていたのだ。

だが、もうそんなことはどうでもいい。
私はソファーから立ち上がると、彼女の隣に座るためにテーブルを迂回した。


(結局、勝てるわけないんだよなあ…)


なぜならこんな時こんな彼女を見て思ったことは――"可愛い"だったのだから。


「…あなたの勝ちです」




【END】




*素敵♪お涼サマかわいい、泉田クンかっこいい。
BBさま、本当にありがとうございました。おねだりしてしまって申し訳ありません。頂けてとてもうれしいです。
Brown Bearは「水妖日にご用心」に出てくるメープルシロップか蜂蜜がかかったかき氷。
とてもおしゃれで素敵なお名前です♪