<毒薬>


「急いで。」

涼子の短く鋭い声に、部屋に飛びこんだ参事官室のメンバーは真剣な表情で捜索を始める。

「ずいぶんと忙しそうだな。せっかく令状まで取ったんだ。ゆっくりしていけばいいのに。」

部屋の真ん中で男はそう言いながらゆっくりとワインボトルを傾け、グラスに注いだ。

「あんたは動かないで。公務執行妨害なんていうちゃちな容疑で引っ張りたくないわ。」
「光栄だ。」




男はグラスに口をつけ、ワインを一気に飲み干す。そしてまたゆっくりとボトルを傾けグラスに注ぐ。
年のころは40過ぎ、一流品を身にまとい、犯罪者らしからぬ気品にあふれたその仕草は優雅としか形容のしようがない。

男は毒薬の売買にかけては並ぶ者のいない元・国際指名手配犯だ。

指名手配を取り消されたのは、身柄を拘束された国の捜査で確たる証拠が掴めなかったからで、
政治家から圧力がかかったとも、海外マフィアの脅迫があったとも噂されるが、
いずれにせよ、今は男は大手を振ってこの東京で暮らしている。

立て続けに起きた毒殺とみられる3件の殺人事件。そして次はこの毒薬を使って大量殺人を行うという予告。
涼子は迷わずこの男を犯人と推定し、証拠固めに走り、なんとか捜査令状を手に入れた。
この部屋から物証が出れば全てが決まる。

モノが毒薬だけに、男が手から離すとは考えにくい。
必ずこの部屋のどこかにある。
涼子は男を睨みつけると、ぐるりと部屋に視線を走らせた。



冷蔵庫の中、浴室、あらゆる引出し・・・丸岡の指示のもと、着実に捜索は進められる。
しかし30分、まだ発見出来ない。

「一晩やるつもりかい?まあ君が夜通し傍にいてくれるのは悪くないが。」
「もうすぐよ、そう長くお邪魔をするつもりはないわ。あんたを警察(うち)に招待するから。」

男はやれやれと言った様子で肩をすくめた。

「毒薬・・・ねえ。最近珍しくもないじゃないか。その辺の食料品だって毒だらけだ。」
「否定しないけれど、あんたの使う毒は性質が悪すぎるわよね。一口一億人の殺傷能力ですって?」
「たまらなく魅力的な毒薬だろう?」

「噂じゃシルクロードの奥で1000年に一度しか咲かない花から採れるそうじゃないの。
もはやこの世のものではないわね。」
「希少だからこそ美しい、人を惹きつけてやまないゆえに魔性を帯びたのかもしれないな。」



泉田はリビングの捜索を担当していた。
二人の会話を背中で聞きながら、必死でじゅうたんを叩き、めくっては下を覗き込む。

涼子の推理では、即効性や証拠がほとんど残っていないことから、毒薬は粉ではなく液体。
液体を隠すのなら、まず瓶があるはずだ。

瓶を隠せるような場所…冷蔵庫はさっき丸岡と2人でしらみつぶしにあたった。
液体は全て最新の注意をはらってにおいを嗅ぎ、成分を簡単に調べ念のため押収する。

しかしあったのは開いていないビール缶が2本。この中身が毒薬だとは考えにくい。
冷凍庫も空、サイドボードにも他に液体らしきものはない。いったいどこにあるというんだ?



男がまたワインを注ぎ、涼子に向ってグラスを上げる。

「しかし人間にとっては金と地位と名誉こそが毒だ、そう思わないか?」
「あんたもそう?」

「私は金も地位も名誉もいらないよ。」
「嘘をつきなさい、誰かに頼まれて毒薬を売買しているってことは、見返りを得るってことよ。」

「別に奴らからの見返りなどいらんさ。金は腐るほどある。君と同じだよ。退屈しのぎだ。」

涼子は歯牙にもかけず、つんと顎を上げて答えた。

「あたしはぜ〜んぜん、毎日退屈していないわ。やることはいっぱいあるからね。
金と地位と名誉を欲しがる俗物と遊ぶだけじゃなく、世界征服への布石に忙しくて。」

「ほう、それは素敵だな。君は世界を手に入れるにふさわしい女性だよ。
私も来るべき日には、その栄光の玉座に跪きたいね。」

「来るべき日じゃなくても、今夜もうすぐ跪かせてあげるわよ。」



ついていけない会話だと思いながら、泉田はふと男の手元のワインボトルを見た。

まさか。

あの男はさっきからあのワインを飲んでいる。あれが件の毒薬ではないことは明らかだ。
しかし、あの中に瓶があるとしたら!!

そう考えた途端に、泉田は男の手元のワインボトルに飛び付いた。

男がはっと動きを止めた。
しかし動揺は一瞬。男は天を仰ぐように天井を見上げつぶやいた。

「チェックメイトのようだな。」



泉田は取り上げたロゼのボトルをシャンデリアに透かして見た。
きらりと中で何かが揺れる。

それはロゼ色の小瓶。



「おみごと。君の犬はとても鼻が利くようだね。警視庁にはいい警察犬がいる。」

男がソファーの下に滑り込ませた手を、涼子が軽く押さえる。男の手に握られていたのは、拳銃だった。

「無粋なことはしないのよ、毒薬使いさん。」

男は、やれやれと肩をすくめ拳銃から手を離し、涼子の腰を抱き寄せた。
涼子が男の膝にふわりと腰掛ける。

「・・・魅力的な私の死神。美しい死を演出するにふさわしいな。」
「光栄だわ。あんたの毒薬は言わば芸術品だから。」

「ああ、幾万もの毒薬をこの手に扱ってきたが、こんなに麗しい毒は初めてだ。私の最後にふさわしい。」

男は優雅なしぐさで涼子の手を取った。

「御手にキスをしてよろしいか?マドモアゼル。」

涼子が臣下に手を差し伸べる女王のごとく、唇の端を少し上げて微笑んだ。


が。




ガチッ。

涼子の手はひきはがされ、男の手に手錠がかけられた。

「自白とみなし、殺人及び毒物・劇物取締法違反、拳銃不法所持により現行犯逮捕する。」

泉田は無表情にそう告げると、くるりと振り返った。

「阿部くん、連行頼む。」
「は、はい。」

丸岡が呼んだパトカーのサイレンが近づいてくる。

「おいおい、ご主人さまから『待て』を教えてもらっていないのか?余裕のない男は嫌われるぞ。」

男が笑いながら泉田の背中に声をかける。泉田は振り向きもせず、その声を完全に無視した。

男は首をかしげ、最後にもう一度涼子に微笑みを向けた。

「どうやら彼は飼い主に首ったけらしい。仕方ない、退散するとしよう。」
「名残を惜しんでもらう暇もなくて悪いわね。いってらっしゃい。地獄への道もきっとまた楽しくてよ。」

涼子が立ち上がると、男は阿部に連れられてゆっくりと部屋を出た。
丸岡が泉田からワインボトルを受取り、涼子の方を向いて敬礼した。

「犯人確保23:25、お疲れさまでございました。」
「みんなのおかげよ。気をつけて鑑識に回して。ここは頼むわ。泉田クン、行くわよ。」

「・・・はい。」



足音高く部屋を出ると、マンションの通路にはずらりと警官が並んでいる。

その中をエレベーターで地上に出て、車に乗り込む。

「・・・ご機嫌が悪そうね。」

泉田は部屋を出てからずっと黙りこんだままだったが、溜息まじりにようやく口を開いた。

「どちらへ?」
「決まっているでしょ、あの男とつながっている政治家やヤクザ屋さんのところよ。
今度こそ圧力はかけさせない。そんなことをしたら薬師寺涼子を敵に回すことになると、よ〜く教えてあげなきゃね。
まずは永田町へ向いましょうか。」

車が滑り出す。
ハンドルを握る泉田の横顔には、明らかにいらだちを押し殺している様子が見えた。

「・・・不機嫌の理由を聞いてあげてもよくてよ。」

爪をはじいて夜景を見ながら、涼子が嫌味たっぷりに言う。

「・・・。」
「・・・手柄を立てた、しかも勤務中の上司の問いに返答しないつもり?」


キキーッ。
ジャガーが路肩に急停止する。

涼子はドンっと座席に体を叩きつけられた。

「何するのよ!?」
「・・・先ほどの警視の態度は納得できません。」

「へ?」
「不用心極まりない…相手は凶悪犯ですよ!おふざけにもほどがあります!」

泉田が運転席からじっと涼子を睨みつけている。

「立場を自覚してください!捜査はあなたのお遊びじゃありません!」

涼子はきっと柳眉を逆立てた・・・が、次の瞬間、小悪魔的としかいいようのない嘲笑を浮かべた。

「余裕のない男は嫌われるわよ。」
「なっ!?」

「自分の感情を捜査上の問題にすり替えようなんて、ずるいと思わない?」

おもしろがっているような涼子の問いに、泉田は言葉に詰まった。

あの男が涼子の手を取った時に胸に湧き上がった、あのどす黒い感情を嫉妬と呼ぶなら、
間違いなく泉田は嫉妬にかられていたのだろう。

「毒ってそのものの毒性もさることながら、常習性が怖いのよね。」
「はい?」

唐突な涼子の言葉に、泉田はとっさに反応出来なかった。

「日常に混ざった途端、それは知らないところで摂取され、やがてその体を蝕むの。
依存しそれなしでは生きていけなくなるか死に至るか…。」

怒りも嫉妬もどこへやらの戸惑う泉田に向かって、涼子はにっこりと微笑んだ。

「だから大丈夫、あたしが毒薬だとしたら、泉田クンもちゃんと常習性のある毒薬だから。」
「はあ?」

何が大丈夫なんだ?
ますます混乱した泉田の唇を、世界一魅力的な毒薬が柔らかくふさいだ。




思考放棄。
すっかり毒が回った頃、泉田の腕の中で涼子が笑いながらささやいた。

「初めて妬いてくれてありがとう。」

泉田はもうその言葉に抵抗する気力もなく、溜息をつきながら狭い運転席で涼子の背を抱きなおした。
毒薬騒動はもうこりごりだと思いながら。


(END)



*嫉妬に駆られる泉田クンが書きたかっただけです。
実は9月7日の拍手でも、
「これからも、もっと涼子女王にメロメロな泉田やモテモテ涼子女王に嫉妬満々な泉田をた〜くさんお願 いします!!!!!!!!!!! 」と
気合いの入ったコメントを頂き、そうだよね〜と力強く思った次第でした。
泉田クンの嫉妬は性格的に非常に表に出にくいので、書いていてしんどかったですが…。
アニメは最終回も終わってしまって、ちょっとさみしいです。マガジンZ休刊後の行き先は決まったと聞いて少し安心しましたが、
細々でもブームが終わっちゃっても、このサイトはなんとか続けられればと思っています。一緒にお涼サマを好きでいましょうね!