<元旦>
元日の昼下がり。
新年の空港は初めての泉田は、物珍しげに辺りを見回した。
国内線ロビーに帰省客はもういない。旅行客も一段落した今、比較的すいている。
到着ボードを見上げる。
案内によると、上司の乗った飛行機は30分以上遅れており、あと10分ほどで到着の予定だ。
「まいったわ、すごい雪だった。お待たせ。」
到着アナウンスが流れると、
探すまもなく一番に、ミンクコートに身を包んだ涼子が颯爽と飛び出してきた。
「あけましておめでとうございます。」
涼子が深々と頭を下げる。
泉田はあわてて涼子に最敬礼を取った。
「あ、あけましておめでとうございます。本年もよろしくご指導ください。」
顔を上げた涼子は目を丸くすると、ころころと笑い出した。
「泉田クン、みんな見てるわよ。行こう。」
「あ、はい。」
年末に3日休み、久しぶりのせいかどうも調子が狂う。
小さなスーツケースを受け取ると、涼子がすっと泉田の腕を取った。
「車待たせてあるから。東京は雪じゃないんでしょ?」
「はい。いいお天気です。初日の出も拝みました。」
「えーっ!?いいなあ、どこで見たの?」
「官舎の屋上ですが・・・。」
「あれ?帰らなかったの?家に。」
「ええ、また次の3連休でもゆっくり帰ろうかと思っています。」
「ふーん・・・。」
涼子が曖昧な返事を返す間に、泉田は自動ドアの向こう側に停まっている、
いつものJACESの運転手付きリムジンを見つけ、軽く会釈した。
荷物が受け取られ、2人で後部座席に並んで腰掛ける。
「さて、やっぱり初詣に行かなきゃね。」
「有名どころは混んでいますよ。」
それはそれは殺人的に。泉田は今朝方のTVの映像を思い出しぞっとした。
「ん、じゃあ、あたしのマンションの裏手のさびれた神社なんてどう?」
「さびれた神社・・・ですか?」
「大丈夫よ、それとも何?
泉田クンは大混雑の神社には神様がいて、あたしのマンションの裏手にはいないとでも?」
どうだろう。
泉田は一瞬返事に窮した。涼子はさっさと行き先を運転手に告げ、車は滑り出す。
「悪かったわね、迎えに来る為におうちへ帰れなかったんじゃないの?」
涼子が窓の外を見ながら言った。
「いえ、前の部署にいた頃なんて全く帰りませんでしたから、親もあきらめています。
警視のおうちはこうして毎年ご旅行をされるんですか?」
「はああ!?」
涼子はぶんっと首を泉田に向け、噛み付くような視線でにらみつけた。
「誰が家族で旅行なんかするもんですか!今年は珍しく親父が帰ってきているから、
年末の休みを使ってわざわざ一人で雪国まで出かけたの!」
「・・・はあ・・・そうなんですか・・・それはすごいお父さまですね。」
泉田は剣幕に押されてたじたじになりながら答えた。
この上司を逃亡させるとは、JACESの現社長、偉大である。それだけでも十分に尊敬に値する。
涼子は泉田の畏怖の表情を見て、ちっ!と短く舌打ちするとつぶやいた。
「・・・あまり悪い印象を与えてもいけないな、いざと言う時しり込みされたら負けだから。」
「は?」
「いや、こっちの話。それより神様に何をお願いするか決めておきなさい。すいているからすぐ着くわよ。」
確かに車が少ない。既に高層ビル群の中に入ろうとしている。
泉田はここは模範解答を返すことにした。
「やはり国家安全・社会平和かと。」
「そうね、公僕たるものそう願うべきね。あたしも同じよ。」
「ええっ!?」
いかん、つい本気で驚いてしまった。
泉田が後悔した時には、ぎろりと涼子がこっちを睨んでいた。
「何よ、あたしが国家の安全を願っちゃいけないって言うの?」
「いえ、当然のことです。申し訳ありません。」
涼子はふんと鼻を鳴らすと、ケロリと言った。
「でもお願いなんてその時々で変わるから、やっぱり『心願成就』にしようっと。」
「心願成就・・・。」
「日本語って便利よね。」
多分それは、変わるからこうしておこうという類のお願い言葉ではない。
胸に秘めた確たる覚悟を叶えてほしいという、もっと切ない言葉だと思うが・・・。
今年も言いたい山ほどのことを泉田は飲み込んだ。
そして上司に「はい」と微笑み返したのだった。
「結構いるわね、人。」
「そうですね、全然さびれてはいないように思います。」
荷物をマンションに入れて車を返した後、
何人かの人とすれ違いながら裏の小高い丘につながる石段を上がると、そこに結構大きな鳥居がある。
それをくぐり清め処で口と手を濯いで中に入ると、右側に人が溜まっている。
それを横目で見ながら、まずは正面の神殿に向って礼、拍手、礼。
「何をやっているのかしらね?」
その後、涼子に腕を引かれて覗き込んだ神殿の右側には、小さな護摩木が並べられている。
どうやらここは神仏習合の名残を残す、由緒或る神社兼お寺でもあるようだ。
『願い事を書いて、お不動さまの前の火にくべて下さい。一本300円。』
皆熱心に木に何かを書き込んでいる。書き終わったら、
それを神殿の右側にあるお寺の本堂の前に焚かれた大きな火の中に投げ込み、燃やしているようだ。
「やろ、泉田クン。」
「はい。」
泉田が代金と引き換えに護摩木を2本受け取り、たくさん用意されているペンと一緒に涼子に渡す。
「う〜ん。」
考え込んでいる涼子を、意外そうに泉田が見つめた。
「『心願成就』じゃないんですか?」
「うるさいわね、黙ってキミも考えなさい。」
泉田は護摩木を見つめた。
きれいに磨かれた木肌をじっと見ていると敬虔な気持ちになる。
涼子もそんな気持ちなのかもしれない。
・・・と思ったら。
「う〜ん、『世界征服』って具体的に書いた方がわかりやすいかなあ。」
・・・聞こえてくるつぶやき。
まあ、いい。
どんな願いを上司が書こうが、これまでの生活の何かが変わるとはとても思えない。
いや、たとえどんな状況になっても、自分がすべきことは・・・。
泉田は迷う涼子に背を向けて、願い事を書き終えた。
「絶対見ないで、離れて。」
上司の厳命により、泉田は上司と離れて護摩木をそっと火にくべた。
そしてここのご本尊なのだろう、おまつりされている不動明王に手を合わせた。
涼子は泉田から少し遅れて、反対側から護摩木を火の中に置いた。
その時に、見慣れた文字がまさに炎に崩れるのが偶然目に入った。
『この人を護りきれる力を下さい』
熱にあおられているせいか、瞳が潤む。
涼子はぐいと目をぬぐった。
馬鹿じゃないの?公僕なら国家安全か社会平和だって言ったじゃない。
なぜそう書かないの?
しかも護ってやっているのはいつもどっち?
・・・そんな憎まれ口が聖なる炎に吸い込まれていく。
新しい年、また大切な人とこうして祈れるということ。
それは当たり前に見えてとても難しいこと。
「よし、まずは感謝してあげてもよくてよ、神様、仏様。今年もよろしく!」
涼子は合掌して、にっこりとご本尊に微笑みかけた。
「警視は何て書いたんですか?」
「あたしにだけ聞くのはずるいんじゃない?」
腕を絡め、石段を降りながら、涼子は泉田の顔をのぞきこんだ。
「とにかく、叶うといいね。」
「はい。」
「日が暮れてきた、寒い寒い。早く帰って温かいコーヒーを飲もう。」
「はい。」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら降りる涼子を、泉田が支える。
その2人の影が夕日に長く長く伸びていた。
・・・ちなみに、涼子が護摩木に書いた言葉は、『恋愛成就(至急)』。
今年もがんばっていきましょう!
(END)
*あけましておめでとうございます。旧年中はご来訪、励ましの拍手、コメント本当にありがとうございました。
本年もがんばります、どうぞよろしくお願いします。
世の中凶悪犯罪も多いし、怪奇犯罪だってまだまたあるだろうから、泉田クンだって大変なのに、
やっぱりお涼サマの願いの方が難易度高そう・・・(笑)。
実家のPCを使ってしまった為、予告タイトルと順番が異なってしまったことをお詫びします。
次回作も出来るだけ早くアップしますね。皆様もよいお正月を。