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<夏至>
泉田は携帯許可を受けた拳銃をチェックし終えると、目の前にそびえ立つビルを見上げた。
13階建て、一般エレベーターは10階まで。
さて、鬼が出るか、蛇が出るか。
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1週間前、国内線旅客機が一機、着陸に失敗した。
幸いにして死亡者なし、但しケガ人は重症含め105人。
原因不明のシステムトラブルによるものと発表されたが、
それから2時間後、犯行声明が出た。
『グレムリンは放たれた。収めてほしければ我々に報酬を約せ。』
逆探知によると、発信元は新進気鋭のシステム管理会社。
捜査の結果、このビルの持ち主でもある、その会社の取締役が線上に浮かんだ。
そして今日の午後、今度は警視庁に事前予告が届いた。
『我々は明日午後、飛行中の複数機を墜落させる準備がある。
惨事を起こしたくなければ、日本政府及び日本のすべての航空会社は我々に五億円の報酬を約せ。
なお、逮捕などという愚挙に出た場合は、時間を待たず、現在上空にいる機から順に落とす。』
警視庁は空前の大騒ぎとなった。
まず、初めの旅客機の墜落の原因がわからない。
操縦士は、次々と計器が狂い始めたと証言する。
確かに、着陸した時計器は全て狂っていた。それも完膚なきまでに。
このような狂い方をすることは、あり得ないとエンジニアは口をそろえる。
まるで誰かが機械の中に入り込んで、コードをランダムに切り、ねじやかみ合わせを外してしまったかのような・・・・。
一級の技術者、科学者たちが揃い、この一週間不眠不休で調査が続けられた。
しかしそのチームを苦難を横目で見ながら、足を高く組んで涼子は言い放った。
「グレムリンって言っているんだから、グレムリンの仕業でしょ。」
グレムリン…一昔前に映画でやっていた。あれだろうか?
夜中に餌をやると凶暴に変身するんだったか?
「違う違う、妖精のほうよ。」
妖精???????
…理解不能。泉田は目を閉じた。
いつものことながら、涼子の話にはついていけない。
「機械が大好きな、グレムリンっていう妖精がいるの。ヨーロッパでは有名で、
未だに理由の判明しない事故をクレムリン効果って呼ぶ人もいるくらいよ。」
「はあ…。」
涼子は目を閉じたままの泉田の頬をつねりあげた。
「い、いたいれふ…。」
「とにかくなんとかしてやろうじゃないの!
キミはいつでもこのビルの経営者が逮捕できるよう調べて、確保してちょうだい。」
「ふ、ふゎい。」
かくて涼子は動き、泉田はビルに乗り込んだ。
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「やっぱり応戦してくるか・・・」
無防備ではないと思っていたが、構成員かと思うような戦闘慣れした男たちがつぎつぎ飛び出してくる。
「確かに化け物はお涼の領分だが、生身の人間が相手ならっ!」
がきっ。
泉田の拳を受けて、飛びかかって血気にはやった若いのが、一瞬で床に転がる。
「俺の仕事なんでね。」
泉田は拳銃をもう一度構え直すと、廊下の向こうから飛んでくる弾に応戦の姿勢を取った。
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「決断を下されなければ、上空の飛行機が全部落ちますわよ。それでもよろしければどうぞ。」
「不可能だ、科学的にありえない。各空港で完璧な整備を終えてきている機だぞ。」
「でも落ちた・・・違いますの?」
涼子が口の端に笑みを浮かべると、満座の上司たちが苦々しく言葉を飲み込む。
「責任は取れるんだろうな。」
刑事部長がお決まりの台詞を口にする。
「ご迷惑はおかけしませんわ。」
涼子は間髪を入れず応酬し、刑事部長をはじめ、遙か遠くに鎮座まします総監までを鋭い眼差しで見回した。
その迫力に思わず目を伏せる幹部もいる。
「それではよろしいですわね、ご決断を。」
涼子は逮捕令状をひらりと揺らしてみせた。
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―何人いるんだよ、まったく!―
エレベーターの乗り場まであと数メートルに迫った壁際で、泉田はまだ応戦を繰り返していた。
―ただの組織じゃないな。―
外部労力とはいえ、これだけの武力集団を雇える感覚と金銭がここにはあるのだ。
拳銃を構え直すと、銃声が止んだ一瞬をねらって飛び出す。とにかくこのエレベータの占拠が先だ。
「捕まえろ!殺してもかまわん!」
物騒な指示をとばす、向こうのこの階のリーダーらしき男が角から飛び出してくる。
―ラッキー!―
泉田は身を低くして、相手の足にタックルをして引き倒した。
「うわっつ!」
そして素早く男を引き起こすと、こめかみに銃を当てながら立ち上がる。
「動くなよ!撃つぞ。」
銃声がぴたりと止んだ。
「警察が撃つもんか!」
リーダーは身を凍らせながら必死で叫ぶ。
泉田は苦笑をもって答えた。
「命が惜しければ試してみようなんて思わないことだな。俺は警視庁参事官、薬師寺警視の直属部下だ。」
「ひっ!ド、ドラ避けお涼・・・。」
リーダーがうめいて息をのんだ。その様子をみて部下たちも銃をおろす。
お涼の名前を知っているとは、このメンバー、意外と悪人としては活躍しているのかもしれない。何にせよ助かった。
『い、泉田サン、まるでお涼サマが乗り移ったみたい・・・。』
ふと、いつぞやの岸本の言葉が蘇る。
そんなことは認めたくない。
が。
手口が涼子に似てきた自覚がなくもない泉田は、緊急時だからしかたないと自分に言い聞かせて、
そのまま男を引きずって、エレベーターに乗りこんだ。
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エレベーターは上昇する。まずは人質を盾に出るが、扉が開いた瞬間が勝負だ。
「ひ、ひっ・・・。」
男は盾にされることがわかっているので、ぶるぶるとただ震えている。
ここのビルの持ち主は、この男など蜂の巣にしてすぐ泉田を狙えるようにする人間なのかもしれない。
泉田は震える男に、拾った銃を持たせた。
「いいか、開くと同時に放してやるから撃ちまくって逃げろ。死ぬなよ。」
2人とも、待ちかまえる敵の中に突っ込んで活路を見いだすしかない。
扉が開く。
泉田は人質を外へ突き出した。
一斉に射撃が降り注ぐ。
「うわわわわ!」
人質が応戦する。泉田にとっては援護射撃だ。二段構えで飛び出したも同じ。
素早く敵の総数を把握すると、近くにあった階段室のドアノブを引いてみた。
幸運にもドアが開く。そのドアを盾に、泉田は階段へと飛び込む。
ふいをつかれた相手の陣形が崩れる。
「お、追えっ!」
その時静かに、泉田たちが乗ってきたエレベーターが動き始めたことに、誰も気づかなかった。
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「うわっ!」
「うわーっ!」
階段での戦闘を終え、泉田がたどりついた最上階フロアは、ちょっとしたパニックだった。
スプリンクラーが水をまき散らす。
監視カメラまでがダンスを踊るようにぐるぐると回っており、電気はあちらこちらで点滅を繰り返す。
「何が起こっているんだか…。」
泉田は相手の混乱を横目に銃を構えると、一気に奥の部屋を目がけて突き進んだ。
おそらく最後の護衛たちだろう。泉田の動きが速い上に、混乱している味方があちらこちらにいるので、
銃を構える暇がなく、次々に飛びかかってくる。
「どけ!」
泉田はかかってくる相手を避け、蹴りあげ、投げ飛ばす。
そしてとうとう最後のドアまでたどりつき、ドアノブを掴んだ。
がちっと固い手ごたえがした。
開かない。鍵がかけられている。
万事休す。
倒した護衛たちが起き上がり、動きが止まってしまった泉田に
腹や足を押さえながらも再び向かおうとしてかかってきたその時。
「泉田クン、どきなさい!」
後方から凛と響く声。
泉田が身を伏せると同時に、轟音が響き渡り、ドアノブが吹っ飛んだ。
涼子が泉田に向かって駆けてくる。
泉田も涼子に駆け寄り腕を引いて後ろにかばうと、飛びかかってこようとする相手を殴り倒した。
「かっこいいじゃない?」
涼子が泉田にウィンクしてみせる。
泉田は照れを隠すために顔をしかめた。
その間に、涼子は足をつかもうとする敵をヒールで踏みつけ、その悲鳴が響きわたる中ぱちんと指を鳴らした。
ぴたりとスプリンクラーが止まった。
「これは…。」
倒れている敵もあっけにとられて天井を見つめている。
もう一度涼子が指を鳴らした。
すべての監視カメラが、涼子と泉田に向かう。
そのカメラに向かって、涼子は嫣然と微笑んだ。
「さあ、観念しなさい。あんたのグレムリンは、あたしの方が好きだそうよ。」
ギギギ。
二人の背後で、さっき破壊したドアが音もなく開いた。
「まさかここまで来るとはね。どうぞお入りなさいな。」
扉の奥から、華やかな声が聞こえてきた。
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「私の妖精を横取りするなんて、まるでコソ泥ね、薬師寺警視。」
「横取りじゃなく、主人を選びなおしたのよ。あんたは負け犬。」
摩天楼を背にこのビルのオーナーが立っていた。
年のころは、涼子より少し上に見える、妖艶な美女。
涼子に負けず劣らずの容姿の良さと、頭の良さを示す知性的な顔立ち。
少なくとも警視庁のモニターに容疑者として映し出された姿よりも、数倍美しいと泉田は思った。
・・・思った瞬間に、足を軽く蹴られた。
「見とれてんじゃないわよ!」
「す、すみません。」
「まあ、ほほほほ。」
美女が艶やかに笑う。
「そちらのハンサムな刑事さんは、そんな魔女にお仕えしていてよろしいの?」
「誰が魔女よ。魔女はあんたでしょ。」
いや、そう言われればどちらも。
泉田は思わず、両方をしげしげと見つめてしまった。
「泉田クン!」
「ああああ、すみません。」
「そんなに怒鳴らないのよ、はしたない。グレムリンを返してくれない?苦労して欧州から連れてきたの。」
「システムを好きなだけ破壊させてあげるって契約したんでしょ?システムならうちの方がたくさんあるもの。
あんたのところのネットワークに入り込んで、彼らをうちに誘導したら、喜んでこっちと契約をしてくれたわよ。
それに今上空にある飛行機では、
コクピットや通路のあちこちにお菓子が並んでいるはずよ。捧げものをする人たちには危害を加えない、
グレムリンは極めて知能の高い紳士淑女の集団だからね。」
パチンと涼子が指を鳴らした。
部屋の電気がすべて消えて、窓に摩天楼の夜景が浮かび上がる。
パチン。
もう一度涼子が指を鳴らすと、涼子の真上の電気だけが点き、スポットライトのようにその姿を映し出し、
すぐ近くでパチッと小さな音がしたかと思うと、美女の手元のパソコンのディスプレイが消える。
廊下からざわめきが聞こえる。警視庁の部隊が到着したのだろうか。
「あの、警視。」
泉田は遠慮がちに尋ねた。逮捕していいのだろうか?
「ああ、逮捕してちょうだい。もう上空の飛行機が落ちる心配もないわ。」
泉田はポケットから手錠を出すと、美女の手を掴み、鉄の輪を両腕にかけた。
美女は泉田と涼子に向かって、にっこりとほほ笑んだ。
「今度はあなたに取られないものを持って帰ることにするわ。」
「がんばってね。」
涼子はかけつけてきた同僚に二言、三言何かを指示すると、美女を引き渡した。
どうもすっきりしない。泉田は涼子にたずねた。
「…解決したんでしょうか?」
「もちろんよ。ただ、証拠がないのよ。妖精に証言させるわけにもいかないし、
最初の器物損害や傷害事件の犯人であることは立証できないでしょうね。
今回の脅迫の現行犯がせいいっぱい。
本当にすぐに刑務所から出てきて、またどこかから新しいのを連れてくるかも。
とんだタイターニア(妖精の女王)ね。」
そりゃまずいだろう。
しかし涼子は心底楽しそうに、凶悪に笑った。
「次も横取りしてやるわ。どんなのを連れて帰ってきてくれるのかしらね。ホホホ♪」
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泉田は聞かなかったことにして、窓の外を眺めた。
そしてふと、風景に違和感を感じた。
「あれ?タワーが…。」
この角度からなら大きく見えるはずの東京タワーの灯りが消えている。
「ああ、今日は夏至だから、環境に配慮して消しているらしいわよ。
なんでもキャンドルナイトとか言うそうだけど。」
なるほど。
周囲のビルも照明を完全に落としているところが多い。
「でもやっぱりグレムリンには、電気でなくっちゃね。」
涼子の声に反応するように、フロアの部分ライトが次々に消えたり点いたり、リズミカルな点滅を繰り返す。
「夏至の夜は、こうやって妖精たちが遊ぶためにある夜なの。素敵ね。」
デスクに座り高々と足を組み上げた魔女、もとい妖精の女王、もとい泉田の上司は、
窓からいつもより少し星が多い空を見上げた。
はるか下の地上からサイレンの音が遠く響く。
泉田は、夜空よりもひたすら光の点滅の中へ目を凝らしていた。
はて、妖精はいったいどこにどうやって動いているのだろうと悩みながら。
(END)
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*グレムリンは、機械の開発を手伝ってくれたりもするそうです。
自然が荒らされると消えていく妖精が多い中、電気が好きなグレムリンは活躍が期待(?)されますね。
そしてJACESはますます無敵な気がします。
「お涼サマにかっこいいと言われる泉田クンが見たい」「泉田クンをかっこよく活躍させてほしい」
のリクエストありがとうございます。やっぱりところどころヘタれるのですが、前半はちょっとよかったですよね(汗)?
力不足ご容赦下さい。