<ハッピーハロウィン>



ずいぶんと冷え込んできた。
泉田は軽く肩をすくめ、美貌の上司の横顔を盗み見た。

一見しただけでわかる、機嫌の悪さ。

事件が一つ片付いた後、警視庁まで帰る夜更けの道のり。
たまりかねたように、その機嫌の悪い美女がくるりと振り向いて怒鳴った。

「ちょっと、どこまでついてくる気?!」
「ついてくるも何もないでしょう?!同じところに帰るのよ。」

「遠回りしなさいよ!」
「どうして私が遠回りしなくちゃいけないのよ!」

後方約3Mからの反論は、涼子の同期キャリアである室町由紀子警視。
その隣には岸本警部補が、2人の迫力に押されながらちょこちょこと歩いている。

もともと警視2人が出張るような事件ではなかった。
正当な出動命令を受けたのは、由紀子だけ。
涼子は、かねてから目の仇にしていた著名な政治家が暴漢に襲われたと聞いて、
「何か弱みがつかめるかもしれない!」と勝手に飛び出したのだ。

結果は極めて単純な物取りの犯行。
さすがの涼子も何の手も出せず、この不機嫌さ。
しかも発生場所が近いところだったので、解決後、
自分たちが乗るパトカーを待っているのはめんどうだと涼子はのたまった。

結局秋も深い夜道を、こうして4人連れで歩くことになっている。

もちろん由紀子は、面倒などではなくて、現場の警官たちの動きを最優先に考え、
歩くことに決めたに違いない。

ふんっとそっぽを向いて、また歩き出した上司の肩はやはり寒そうで、
泉田は自分の背広を脱ごうとした。その腕の動きをがっしりと白い手が止める。

「無理しないで、泉田クンが風邪をひいたらあたしは明日から誰を頼りにすればいいの?」

誰を苛めればいいの?の間違いだろう。
棘だらけの言葉の攻撃を受けて、泉田は天を仰ぎため息をついた。

その時。

「僕、いいもの持ってますよ!」

岸本が座り込んで、持っていた大きな紙袋の中をごそごそと探った。

「これ、ちゃんと2着あります。僕って偉いなあ。」



それは黒いマントだった。
フードもたっぷり取られていて、中世の修道士か修道女かというデザインだが、
長い裾が、おどろおどろしくギザギザに切り裂かれているところが、不気味だ。

「おまえ、どこからこんなもの持ってきたんだ?」

泉田は立ち止まって、岸本の手元を覗き込んだ。

「さっきまでハロウィンパーティに行ってたんですよ。コスプレの女の子たちがたくさん集まってて。
それなのに途中で呼び出しがかかっちゃったから、みんなが持たせてくれたんです。
親切でしょ。あ、耳につけるコウモリの羽も、魔女の帽子もあるんですよ。」

・・・ハロウィンは、岸本の為にあるような夜だと泉田は思った。
最も彼のコスプレへの探求は、この夜だけに限らず熱心に行われているようだが。

マントを手に取ると、意外にペラペラでもなく、しっかりとした重い布で作られている。

「警視、着られそうです。羽織ってください。室町警視も。」

「私は・・・。」

由紀子は遠慮したが、岸本が背伸びをして、その肩にマントを着せ掛けた。

「風邪をひいたら困りますからね、さあさあ。」

やけに嬉しそうだな、こいつ。

岸本のはしゃぎぶりを見ていた泉田の側に、涼子はつかつかと歩み寄ってくると、
その手からマントをとりあげ、パサリと羽織った。

街灯を背に、それは見事な演出だった。



魔女だ。
魔女がいる。


泉田の唖然とした顔に満足したのか、涼子はふふんと鼻を鳴らすと、
岸本が差し出したコウモリの羽を、両耳に引っ掛けた。

中世の魔女と比べれば少し派手にすぎる気もしないではないが、
光を背にしてなお輝くその瞳は、邪悪な美しさに満ちている。

「うわあ・・・すごい、すごい。写真撮らせてほしいなあ。一生の記念になるのになあ。」

岸本はとろけんばかりの表情で涼子を見つめていたが、
ふいに手の中に残った魔女の帽子を、由紀子に差し出した。

「は、はあっ?わ、私?」

「似合うと思います。あったかいですよ。」

言い終わらぬうちに、涼子が岸本の手から帽子を取り上げると、由紀子の頭にぼすっと乗せた。

「何するのよ!」

「あら、いいかっこうよ。よくお似合いだわ。
日ごろから黒の長〜い裾のスーツばかりだから、違和感がほとんどなくてよ。
あなた天性のいじわる魔女なのね。お〜っほっほっほっ。」

天性のいじわる魔女は、まさにあなたです。
泉田はとっさのところでその言葉を飲み込み、由紀子の方を向き直った。

確かに、涼子が言ったとおり、長い丈のスカート姿を見慣れているので、
あまり違和感がない。
違和感があるとすれば、日ごろの鋭い印象が薄れて、年相応かそれ以下に見えることだ。

由紀子は帽子を取ろうとしたが、岸本の必死にねだる小動物のような瞳にためらう。
泉田は困惑顔の由紀子の隣に立ち、手を添えて、帽子を安定させた。

「あ、あの、泉田警部補・・・。」
「失礼を承知で申し上げるのですが・・・とてもかわいらしいですよ。
岸本がとても喜んでいます。たまには部下を喜ばせてやるのもいいかもしれません。」

「そうでしょうか?・・・」

泉田は頬を染めた由紀子を見て微笑んだ。

魔女の衣装を着て、かわいくなるというのも不思議なもんだ。
そんなことを思いながら何となく由紀子と見つめ合っていた泉田のネクタイがぐいっとひっぱられた。

「・・・泉田クンはどんな仮装をしてくれるの?」

「はあっ?」

もう一人の魔女が、腰に手をあてて立っている。
こちらはかわいくなるどころか、間違いなくますますパワーアップしている。

「あたしたちばっかりに仮装させて、まさかこのままで済ませるつもりじゃないでしょうね。岸本っ!」

「はいっ、はいはいっ!」

うっとりと二人を交互に見つめていた岸本が我に帰る。

「今夜はハロウィンパーティよ。あたしの部屋に泉田クンを仮装させる用具一式を運び込みなさい。
開始は1時間後、出来るわね。」

何っ!?
泉田は、岸本をきっとにらみつけた。まさか。

「アイアイサー!任せてください!僕が完璧に仮装させてみせましょう!」

「岸本っ、待てっ!」

「あぁら、泉田クン、何か上司の指示に気に入らないことでもあって?」

ぐいっとつかまれたままのネクタイが引かれる。
至近距離に、完璧な造作の上司の顔が迫る。
耳につけたコウモリの羽が、風にふわふわと揺れる。

あ、こうやってみると少しかわいいな。小悪魔風で。
そんな馬鹿なことを考えた一瞬の心のうちを読まれたか、魔女転じて小悪魔はにやりと笑った。

「異論はないみたいね。」

「私にあるわ。岸本警部補、泉田警部補にご迷惑がかかるでしょう、止めなさい。」
「ちょっと、なんであんたが口を出すのよ!」

「出す権利があります!岸本警部補は私の部下です!」
「業務時間外まで上司風吹かせないでよ、この魔女!」

「どっちがよ!」

今言った業務時間外云々の言葉を、自省してください〜・・・
泉田の心の声は当然届かず、そしていかな人通りの少ない時間の官庁街とは言え、
先ほどから魔女コスプレ美女二人の言い争いを、道行く人は皆珍しげに眺めていく。
このままではいけない。

「わかりました、わかりましたからお二人とも、とにかく本庁へ帰りましょう。」

「さっすが、あたしの使い魔、そうよ、帰ってパーティの準備よ。」

使い魔〜っ!?
・・・確かに涼子が魔女なら、自分は使い魔のようなものだ。しかし。
泉田は混乱する頭を抱えて、とにかくこの場を離れようと上司の腕を取って歩き始めた。

由紀子もため息をつきながら、岸本の『もう少しだけ』目線に負け、本庁前まではと
魔女の格好で一緒に歩き出す。



泉田は語る。
その夜、涼子のマンションで開かれたパーティのことは、今はあまり思い出したくない。
行き過ぎたら止めると一緒に来た室町警視まで、結局は巻き込んでしまった・・・と。


結果、いつか時がたてば笑って見られるかもしれない写真が一枚残った。
魔女2人と、狼男2人(うち1人は着ぐるみで中型愛玩犬にしか見えないが)。


Happy Halloween!




(END)



*副題「岸本の一番幸せな日」(笑)。着ぐるみを着た中型愛玩犬?もちろん岸本です。
由紀子はなんだかんだ言っても、岸本をかわいがっていると思います。
泉田クンの狼男は、かっこいいと思いませんか?もちろん牙もつけましょうね。
(ああ、思考が岸本化している・・・やばい)