<花雨>
――・・・雨か?――
水音がする。
一定のリズムを保ちながら降り注ぐ音。
桜が満開を迎える頃には、必ず一度こうやって雨が降るような、そんな気がする。
青空の下でいつまでも、薄紅色の花をどっさりとつけた重そうな枝を見上げていたいのに、な。
しかし、たまの休日に雨も悪くない。
すべてを優しく包み込んでしまうようなこの音を聞きながら、もう少しこの温もりの中でまどろんでいたい。
泉田は再びゆっくりと目を閉じた。
――…雨?――
涼子は浅い眠りの中で、その水音を聞いていた。
やだ、桜が散っちゃう。
そう思ったけれど、まぶたが重くて、動くのは億劫だ。
まあいいか。
昨日も夜桜を見た。泉田の腕にもたれながら見上げた花、花。
おぼろの月に照らされていたあの美しさは、きっと忘れない。
ああ、ふわふわしたベッドが気持ちいい、温かい。
そんなことを考えていたらいつの間にか
また桜の木々の間を歩く夢に引き込まれて、涼子は安らかな眠りに落ちていった。
マリとリューは、作った料理をバスケットに詰めるべきかどうか、キッチンで悩んでいた。
『結構降っているわよね。』
『そうよね。』
『ミレディ、お出かけになると思う?』
『う〜ん、微妙。』
『でも昨夜はお花見に行くってはりきっていらっしゃったわよね。』
『そうね、お弁当を作っておいてねって…でも少しお疲れだったかもしれない。』
『そうね、昨夜はDVDを見る暇もなく寝ていらっしゃったみたいだし。』
2人は顔を見合せて、困惑した笑顔を交わした。
『もう少し待ってみようか。』
『そうね。』
奥で、パンが焼ける小さなベルが鳴った。
オーブンを開きながら、マリがつぶやいた。
『ミレディとイズミダサン、どっちが早く起きてくるかな?』
雨はまだ降り続いているようだ。
泉田は、髪をひっぱらぬようにそっと、小さな頭を腕の中にかかえなおした。
泉田のパジャマをぎゅっと握りしめた涼子は、あどけない寝顔でまだ深い眠りの中にいる。
肩が冷えてしまわぬよう毛布をかけなおして、もう一度しなやかな体を優しく抱きしめる。
春の雨に閉じ込められて、2人だけの休日。
外界の音をすべて消してしまう水は、時間まで止めてしまうかのような静けさをもたらしてくれる。
泉田は、涼子の額にひとつキスをすると、その柔らかな髪に顔を埋め、みたび目を閉じた。
(END)
*…桜の全然出てこない桜の作品で申し訳ありません。
春の雨は恵みの雨、花に包まれて2人で眠る夢を見ながら、あったかなベッドで2人で幸せに眠ってくれればいいなと思いました。
二度寝しても三度寝しても、お休みだから大丈夫(笑)。そしてまた桜吹雪の中を、元気に2人で駆け抜けてほしいですね。
リクエストの多かった甘甘でしたが、甘甘になったかどうか。
皆さま良い春をお過ごしください。