<秘法>


「キミのために特別に用意したの。ちょっとしたおまじないつきよ。」


涼子がぱちん片目をつぶってみせる。
ぱさり、と音がしそうなまつげが瞳に妖しい影を落とす。

泉田は、膝に置かれたその小さな包みを前にごくりとつばを飲み込んだ。

ソファーに並んで座る涼子が、泉田の肩にあごを乗せる。

「…お気に召さないのかしら?」

頬に感じる吐息が、泉田の思考の混乱に拍車をかける。


『特別に用意した』・・・
もし涼子の作った食べ物なら、それだけでもかなりの危険物指定だ。

さらに、さっきなんと言った?
『ちょっとしたおまじないつき』?

呪文でも唱えながら作ったのか?
まさか、何か薬のようなものが入っているとか・・・?


泉田の脳裏に、魔女がかきまわす大釜のイメージが広がる。

ぐつぐつ煮えるその大釜の中に入っているものは、
とかげのしっぽや何かの骨のようなもの、ひきがえるの干物、
カマキリの黒焼き、そして、ま、まさか、ミ、ミミィ!!!!!


「入ってないわよ!ミミズなんて。」
「え、ええっ!?」

自身の想像に追い詰められていた泉田は、はっと我に返った。

「まったく、あたしのことがそんなに信用できないの?泉田クンのきらいなものなんか入れないわよ。」

絶対に嘘だ。
仮に今回は入っていないにしても、入れる時には嬉々として入れるに違いない。


「なんでそんなうたぐり深い目で見るかなぁ。1年に1度の大事な日なのに。」

肩にあごを乗せたまま、涼子は深くため息をついて、上目づかいに泉田を見る。

その手には乗らないぞ。
そう思いながらも、なかなか真意の読めないその美しい瞳の中に映る、
泉田だけが読み取れる僅かな『本当』が、心を揺らす。

泉田はもう一度ひざの上の包みに目を落とした。


そうだ、1年に1度の日なのだ。
やはりここは部下として、男として、命を賭けてでもこれは食べなければなるまい。


泉田は黙ったまま、ふわふわとした柔らかな赤い包みにかけられた同じ色のリボンをほどいた。

「え?」

涼子は突然のその行動に動揺し、泉田の手元を見つめる。

ずんずんと包みを開いていくと、小さな箱。

何色の、どんな形のものが出てきても、食べてやる。
泉田はぐっと腹に力を込め、覚悟を決めると、箱を開いた。


…意外にも、外見は普通のチョコレートだ。
やや小さめ、泉田の親指の爪くらいの大きさのハート型のものが並んでいる。

よし、覚悟が鈍らないうちにと、泉田は素早くそのうちの一つを手に取った。
部屋の暖かさのせいか、少し柔らかくなっている。

「いただきます!」
「ちょ、ちょっと待って!」

逸るその手を涼子が押さえる。

「待って。おまじないは食べ方にもあるの。これはね、こうやって食べなきゃだめなのよ。」

涼子の形の良い爪が、箱の中のチョコレートをつまむ。
そして泉田の口元へと持っていく。

「どうぞ、ダーリン♪」

この状況では観念するしかない。
泉田はおそるおそる口を開いた。

この世のものではなくても、
せめて火を噴くほど辛かったり、苦かったりしませんように。

そしてころんと口の中に転がり込んできたものは…。


「あれ?…甘い…。」
「はい、こっち向いて。」


泉田のあごがくいっと持ち上げられる。
そして唇についたチョコレートが、ぺろりとなめられた。

「な、なななな!?!?」
「あ、ほんとだ、おいしい。さすがはマリとリュー、お菓子の腕も超一級。」


涼子は、泉田の膝から箱を取り、代わりに自分がその膝にちょこんと座りこんだ。
そして頬を紅潮させながら美しい恋人を見つめる泉田に、箱を差し出した。


「全部味が違うんだって。ね、あたしにも一個食べさせて。同じ方法で味見していいから。」


これが、ちょっとしたおまじないか?
…だとしたら、見事に大当たりだ。

泉田は、手にしたチョコレートを涼子の口に入れてやると、唇を重ねてゆっくりとその甘さを味わった。



涼子が国会図書館をひっくり返す勢いで探しだした怪しげな、恋が成就する秘法。
惚れ薬を作る…浄水、生まれた年に出来た赤ワイン、ナツメグ、シナモン、バニラエッセンス。
そして意中の人を自分の部屋に招いて、食べ物にほんの一滴だけ混ぜて、『必ず共に味わうこと』。

Happy Valentine♪
2人の甘い夜に幸あれ。



(END)




*惚れ薬とおまじないは、まったくのフィクションです。
真似をしたら、この薬のせいではなく、状況のせいで恋が叶うかもしれませんが(笑)。