<宝剣伝説>


フランス出張帰り、立ち寄ったウィーンは白く雪に包まれていた。

「予想以上ね。」

無敵の美貌にもさすがに寒さがこたえるのか、涼子はコートの襟を合せる。
泉田は2人分のスーツケースを運びながら、黙って後ろにつき従う。

空港の自動ドアを出ると、頬に吹きつける風は痛いほど冷たい。
本場アルプスへ続く中欧山岳地帯からの吹きおろしだ。プロ野球で歌われる日本の「○○おろし」の比ではない。

早く車にと思い顔を上げると、涼子が手をあげ、タクシーを呼んでいるところだった。

「あれ?JACESは来ていないんですか?」
「治安がよくて商売にならないから撤退したのよ。今は研究所があるだけだから、送迎はなし。
さ、乗って。市街地まで15分ほどだから。」

そんなに安全なのか。
世界史の中で常に火薬庫となってきた国々と隣接していると言ってもいいこの位置にある都市が。

例外なくその美しさにどぎまぎしているタクシーの運転手に流暢なドイツ語で行先を告げると、
涼子は滑り出した車の中で、泉田にさらに説明を加えた。

オーストリアはスイスと同じ、永世中立国。
多民族国家ではあるが、このウィーンにおいては強行犯…いわゆる強盗、ホールドアップはほとんどないらしい。

「ただ、プロのスリはいるらしいわよ。まさに名人芸。」
「へえ。」
「観光客って隙だらけだもんね。いい稼ぎになるから伝統芸にもなるんでしょう。」

犯罪もなぜか古めかしい町…か。
高速道路の両側には近代的なビルが立ち並ぶが、アジアのように乱立の印象はない。
やがて有名なドナウ川が見えてくるが、これは掛け替えられたものらしい。
そして車は街路樹が雪化粧する、夕暮れのウィーンの町へと滑りこんだ。

古めかしいホテルに到着すると、涼子と泉田はすんなりと予約していたスウィートに案内された。
格式があるのだろう、きちんとした応対だ。

「泉田クン、そっちの部屋でいい?」
「あ、はい。もちろん。」

なんの不満があろうか。
涼子の部屋はクイーンサイズの天蓋付きベッド、100uはあろうという広さだが、
続きの間である泉田の部屋も、ダブルベッドで40uはある。
ウィーンには二泊しかしないと涼子から聞いている。とんでもない贅沢だ。

「さて、早速情報集めに行くか。あんまり日が暮れないうちに出よう。」
「どちらへ?」
「酒場よ、ホイリゲ。」

ということは、タキシードもスーツも着なくてよさそうだ。
温かくして出かけよう。
泉田は荷物をせっせと片付けながら、大きく伸びをして自室に入っていく涼子の後姿を目で追った。

いったいこの都市の滞在目的はなんだろう?
単なる女王様の気まぐれ観光ではないような気がする。




ウィーン市街地から2、30分ほど離れたぶどう畑のある場所に多いホイリゲという酒場の入口は、
日本の杉玉を思わせるように、くす玉がつりさげてあるのが目印だ。
夕暮れ時ともなれば、楽団が入って古き良き時代のウィーンの音楽を聞かせてくれる。

涼子と二人、どっしりとした木の椅子に座り、あつあつの料理を食べながらワインを傾けると、
少しずつ体が温まり、音楽とともに陽気な気分になってくる。

そのうち会社が終わったのだろう、ぞくぞくと人が入って混み合ってきた。
その中の、いかにもゲルマン系のがっしりとした体型の50代くらいの男性がかるく涼子に会釈した。
涼子もそれに応え、隣のテーブルを手で指し示す。

男は2人連れだった。もう一人は、いかにも研究者と言った風貌の20代の男性。

「はじめまして、フロイライン・ヤクシジ。私がマルク・ライホルターだ。こっちがシュテファン・ヴィンテンツ。」
「はじめまして。いつもJACESの研究にご協力ありがとう。」
「いや、我々の研究を高く評価してくれるJACESには感謝している。そちらは?」
「私の部下、ヘル・イズミダよ。」

自分の名前が聞こえたので、泉田は軽く頭を下げ、2人の男が差し出す手を握り返した。
そこまででドイツ語の会話を一旦切って、涼子は泉田の方に向き直った。

「彼らはオーストリアのJACESの研究所にいるの。歴史的価値のある物品の保全保護に関する研究の担当者。」
「歴史的価値のある…?」

JACESは、国宝文化財級のものを輸送したり、警備したりすることも多い。
そういう部署があっても当然だと理解するまでには少し時間がかかった。

「ところでジュワユーズは見つかったの?」

涼子はそんな泉田の戸惑いを待たず、男たちに話しかけた。

「…いえ、まだ。」

マルクと名乗った男は、ワインをあおりながら、苦渋の表情で告げた。

ジュワユーズ?
泉田は必至でその名前の示すところを記憶から手繰った。
どこかで聞いたことがある、だが思い出せない。

「ウィーンにあることは間違いないんでしょう?フランスにも、ドイツにも、イタリアにもないんだから。」
「我々の研究では間違いなくここにあるはずだ。しかし…。」

「…あの男に違いない。」

シュテファンと紹介された若い男が、つぶやいた。銀色の眼鏡がきらりと光る。

「あの男?」
「フロイライン・ヤクシジに明日オペラ座で紹介する予定の、マテュー・モーリッツですよ。」
「結局何者なの?その男は。」

シュテファンが吐くように言い捨てた。

「詐欺師ですよ。」

「落ち着け、シュテファン。…フロイライン・ヤクシジ、マテューという男は、自称考古学者、今はある博物館に勤めているが、
この男の学歴は誰も知らない、いや学歴はおろか、育ちも謎に包まれており、年齢もわからないんだ。」

「移民なの?」

「いや、ウィーン生まれのウィーン育ち…のはず。彼自身は第二次世界大戦前から一度も引っ越したことがないと言っている。
にも関わらず、誰も若き日の彼を知らない。」

「21世紀なのに神秘的な話ね。つまり彼は生年もわからなければ、いつからウィーンにいるかもわからない人物だと。」

「そう言わざるをえないな。ただ彼は驚くほど秘宝に詳しい。特にいわゆる聖遺物には。時にわれわれの研究に必要なものを、
ふいに目の前に出して見たり、偽物をつかませてみたり…シュテファンがよい印象を持っていないのはその為だ。」

「なるほど。」

聖遺物とはキリストにまつわる物で、最後の晩餐に使われた聖杯やその体を包んだとされる聖布など、いくつかの種類がある。

「ジュワユーズの柄には、確か聖槍の欠片が入っていると伝えられていたわね。」

日本語でつぶやいた涼子の言葉に、泉田ははっと思い当った。

ジュワユーズとは、伝説の剣だ。

8世紀から9世紀にかけて、ヨーロッパのほとんどを支配したカール大帝が持っていたと伝えられる。
日本で流行りのゲームの中にも出てくるほど名の高い剣だが、実在すら定かではない。

涼子はそれを探しにここへ来たのだ。
2人の男たちと話を続けている涼子の横顔を、泉田は半ばあきれながら見ていた。
怪奇事件だけではなく、冒険者やハンターのようなことまでするとは、彼女のエネルギーはまさに無限大だ。
しかも表情や断片的な話の内容からすると、着実に目的に近づいているように見える。

話が終わったのか、男たちはそろって席を立った。
泉田も立ち上がって握手を交わした。

「幸運を祈ります、フロイライン・ヤクシジ。」
「あの男にはくれぐれも気をつけて。」

男たちの声に涼子は軽く手をあげてこたえると、その後姿を見送って、ワインをあおった。

「…宝剣ですか。」

泉田は涼子の隣に腰を下ろすと、つぶやいだ。

「カール大帝・・・シャルルマーニュとも言うわね、彼が持っていた剣よ。その死後、彼の亡骸とともに、
ドイツにあるアーヘン大聖堂に葬られ、紀元1000年に末裔がその廟を開けた時まではそこにあった…。
その後、フランスで戴冠式に使われていた時期を経てルーブルにあるとも言われていたから、
インターポールにいた頃にずいぶん探したんだけど、その時にどうやらこのウィーンにあるらしいという噂が聞こえてきたの。」

涼子は新しく運ばれてきたワインのグラスをピンと指ではじいた。
そしてふいに夢見るようにつぶやいた。

「日に30回、その色合いを変えるんですって。素敵よね〜見てみたい。ね、そう思わない?」

ふいに至近距離から見つめられて、泉田はどきまぎしながら涼子を見た。

「そ、そうですね。まあ、本当にあれば、ですが。」
「あるわよ。…どうやらそのことを立証してくるヤツも出てきたみたいだしね。」

涼子は獲物を狙うピューマもかくやといった風情で、楽しそうに微笑んだ。

「と、いうわけで明日の夜はオペラ座よ。タキシードはいらないけど、ジャケット着用でよろしく。明日買いに行こう。」
「ええ〜っ。いいですよ。持ってきた背広があります。」

「だめよ、せっかくなんだもん。ウィーンって日本人が考えているよりイタリアに近いから、センスのいいブランドがあるの。絶対に似合うから。」
「私は着せ替え人形ではありません。日本に帰って使えないようなものを買う気はありませんからね。」

「ちぇっ。おもしろくない男。でもまあ…許してあげる。せっかくのウィーンの夜だもの。ゆっくり飲もうね。」

それには泉田も異論はない。軽くグラスを合わせたところで、
またにぎやかな、しかしどこか物悲しい旋律が始まった。

『♪ウィーン、ウィーン、おまえだけは変わらぬ私の夢の街であってほしい
古い家々が建ち並び、愛らしい娘たちが行き交う街よ♪』

周りの人たちが一緒に歌い始める。歌声が店を包み込む。

ハプスブルグ家が育んだ欧州文化の中心地、多くの音楽家たちが夢を音に紡いだ街。
この街はどこか懐かしい。
隣の老夫婦が涙を浮かべながら、しっかりと肩を抱き合っている。

涼子がそっと泉田の手に、手を重ねた。
泉田は微笑んで、その手を握りしめながらメロディーを口ずさんだ。

ウィーンの夜は、降りしきる雪と共にゆっくりとふけていった。




「あたしはデーメルのトルテの方が好きだな。」

オペラ座の隣、有名なザッハ・カフェでトルテを食べながら涼子がつぶやく。
ボーイがちらりとこっちを見る。

なぜわざわざ敵を作る発言をするのか、この人は。せめても日本語でよかった。
背広を着た泉田は、肩が広く開き、袖にはファーをあしらった黒サテンのワンピース姿の涼子を見つめた。

耳に飾られた真珠と、そこからつながる完璧な造作の顔立ち。
オペラ座への時間待ちの客が多いカフェでも、ひときわ人目を引く。

「で、どこで待ち合わせなんですか?そのマテューという男とは。」
「幕間にバルホール(舞踏の間)でね。それまでは今日の演目を楽しみましょうよ。セビリアの理髪師、聞いたことあるでしょ?」

昨夜は夜中すぎまで飲み、結局タクシーで帰るなり、二人とも着替えもせずに寝てしまったが、まだ眠い。
オペラで爆睡などという無様な真似はしたくないが、十分ありえる。泉田はポケットに入れた強力なミントガムを確かめた。

そろそろ時間ね、と言いながら、立ち上がる涼子に、慌ててボーイを呼んで勘定を済ませる。
経費では落ちないだろうなあ、カフェ代2人分18EURO。

クロークでコートを受け取り外に出ると、またしんしんと雪が降っていた。
向いのオペラ座の正面玄関に回ると、そこは大きな車寄せがあり、着飾った紳士淑女がぞくぞくと集まってくる。
正面の階段は大理石。天井からのシャンデリアのまばゆいきらめきが、ここがヨーロッパの社交界であることを示す。

「はい、きょろきょろしない。顔をあげて。クロークは2階にもあるわ。まずは上がりましょう。」

涼子の囁きに、泉田は改めて背筋を伸ばし案内係に会釈して階段を上がる。
これではまさか安月給の警官には見えるまい。
だんだんはったりがうまくなる自分に、泉田は人知れず苦笑した。



オペラそのものはイタリア語だが、手元に5行ほどの小さな英語の字幕が出てくれるおかげで、
泉田も十分内容が楽しめた。

前半のカーテンコールが終わると、涼子は立ち上がり、約束の場所へ向う。
3分ほどそこで待ったが、それらしき男が来る様子はない。

「泉田クン、シャンパン買ってきて。」
「はい。」

泉田はホールの端にあるカウンターでシャンパングラスを2つ受け取ると、混み合う中を涼子の元へと戻った。
ふと涼子の後にいる、60代くらいだろうか、きちんとした身なりだが小柄でどこか隙のない男の動きが目にとまった。

あれは…。

すっと男の指が涼子のバッグに伸びる。
スリだ。

泉田はつかつかと足を早め、すばやく涼子にグラスを渡すと、男の手を掴んだ。

「…現行犯って何て言うんですか?警視。」
「さあ?…それよりあたしのバッグから黙って何を抜こうっていうの?マテューさん。」

泉田に手を掴まれた男は、おどけて肩をすくめてみせ、そして泉田に掴まれた手をするりと抜いた。

「始めまして、リョウコ・ヤクシジ。お目にかかれて光栄だ。シシイ(エリザベート后妃)よりはるかに美しい。」
「ありがとう。まるで見てきたようなお誉めの言葉ね。」

マテューの表情が一瞬こわばった。咳払いをひとつして、彼は言葉を続けた。

「ジュワユーズのありかなら、知らない方がいい。あの男たちにもそう言ってやったがな。」
「知った方がいいか、知らない方がいいかは、あたしが決めるの。あんたはただ教えてくれればいいのよ。」

「見返りはなんだ?」

涼子はグラスをひとつ、マテューに渡しながら告げた。

「あなたが自由になりたいと思った時に、あたしがあなたを解放してあげるわ。いかが?」

マテューの手からあやうく滑りおちそうになったグラスを、泉田はあわてて支えた。
マテューは呆然と涼子を見つめている。

「お前…なぜ秘密を知っている?」

地の底から響くようなうめき声に、涼子は艶やかな微笑みで返した。

「あたしにわからないことはないの。ねえ、まだあたしはあの剣を手に入れようとは思っていないわ。
ただ間違いなくここにあることだけを確かめにきたの。ご協力頂きたいわ、あなたのためにも。」

「…そうか。」

マテューは肩を落とすと、シャンパンをあおり、グラスを泉田に返すと、2人に向って告げた。

「明日夜明けにシェーンブルン宮殿のグロリエッテに登って、宮殿側を見るといい。神の祝福を受けた剣が姿を現すだろう。」
「Danke(ありがとう)!」

涼子が謝意を表してマテューの頬に軽く頬を寄せると、マテューは照れ臭そうに頭をかいた。

「まったく、歴代のハプスブルグにこんなおてんばはおらんかったなあ。
あの憎きフランスに殺されたアントワネットさまは、天真爛漫でちょっと似ていたかもしれんが。」

「あたしはギロチンにかけられるようなドジは踏まないわ、安心して。」

涼子は片目をつぶってみせた。
マテューはほっと息を吐くと、背を向け人ごみの中に紛れていった。

「…あざやかな手つきでしたけれど、スリではないんですよね?」

泉田はほとんど会話を聞きとれず、涼子に説明を求めた。

「そうね、もしかしたらスリだったこともあるかもしれないわ。名前が100回以上は変わっているでしょうからね。
王家の守護者、時代の推移に転じて市井の親父になることもあれば、ある時は大臣、ある時は宝物庫の番人…。」

「なんですか?それは?…ぁ・・・まさか不老不死人?!」

涼子は口に指をあてて、静かにというように泉田を諌めた。

「そんなことが…。」

「あるかもしれないし、ないかもしれないわ。でもね、カール大帝の亡骸は、死後何百年を経ても変わらぬ姿勢で、
王冠を頭上に玉座に座っていたそうよ。一つには、キリストが磔にされた時の十字架が入った護符のおかけだと言われているわ。
もう一つは…。」

「ジュワユーズですか?」

「そうよ。おそらくはあの宝剣には、命を司る何かがあるのでしょうね。
もしくはマテューの死にたくても死ねない思いとつながったのかもしれないわ。
自らが仕えた王家のすべてを収集し、安心して引き渡すまでは…。」

死ねない。たとえ時のさすらい人になっても。

泉田はふと世界史の教科書に載っていた、中世の宰相の肖像画を思い出した。
…似ている、今のマテューにそっくりだ。

「明日夜明けにシェーンブルグ宮殿のグロリエッテに来いって、ずいぶん早起きしなきゃいけないわね。雪も深そうだし車頼んでおかなきゃ。」
「グロリエッテって戦勝記念に作られた建物でしょう?冬季は閉鎖って書いてありましたよ、そもそも入れるんですか?そんな早い時間に。」
「それもそうね、そっちも手配しておかなきゃ。」

涼子は携帯を取り出し、優雅なしぐさで各方面に連絡を取っていく。
幕間の終わりを告げるベルが、ホールに響き渡った。




「眠い…。」

あたりはまだ闇だ。特別に入れてもらったグロリエッテで、じっとシェーンブルン宮殿の方を見つめる。
恐ろしく寒い。夜明け前の冷気が、しんしんと上がってくる。

「寒いわね…今何時?」
「ああ、7時少し前です。何が起こるんでしょうね。」

闇がまだ開けない。歯の根が合わない涼子を、泉田はロングコートの中に抱き寄せた。

「…大胆じゃない?」
「私も寒いんですよ。あ、なんだ?あれ。」

突然、全部で1000室以上ある宮殿の一番上に、何かがきらりと光った。
おりしも太陽が少し昇り、あたりを薄く照らしている。

「あそこ、双頭の鷲の像がある場所のはずだけれど。」
「光っていますよね…うわっ!」

光がすっと伸び、ネプチューンの泉と呼ばれる噴水を貫いて、グロリエッテに立つ二人の前が、銀色に輝いた。
泉田が涼子をかばって手をかざす。
しかしその光の中に、泉田と涼子は確かに見た。

何百メートルと離れた位置からなのに、まるで目の前にあるようにはっきりと、
ハプスブルグ家の象徴である双頭の鷲の像の真ん中、
石に突き立てられてなお折れることなく、銀から金、そして虹色にと光彩を変える鋭い剣の姿を。

その横に、誇らしげに鎧をつけたマテューが立っている。

「あいつ、あの分じゃカール大帝の将軍だったんじゃないの?」
「でも嬉しそうですよ。とても幸せそうだ。」

1000年も2000年も、主君の思い出の品を守り、生きる。その思いは重くはかりしれないけれど。
しかし、継承者を見出した今、彼もまたこの宝剣を守り通した誇りを、改めて思い返したのかもしれない。

やがて上がっていく太陽の光とともに、銀色の光は薄れ、やがて消えていった。

涼子と泉田はグロリエッテの建物が立つ丘から降り、庭園に立って、朝日に包まれたシェーンブルン宮殿を見あげた。
双頭の鷲の像が冷たい空気に冴える青空にそびえ立っている。

「ここにあったのね。」
「いつか、取りにきますか?」

「世界があたしのものになったら、自動的にあたしのものよ。それまで、あのマテュー親父が呼ばない限りは、忘れていることにするわ。」

「手に入れたら不老不死になっちゃいますよ。」
「なりたくなけりゃ、またあの剣が眠れるところを探せばいいのよ。」

なるほど。それでいいのかもしれない。
涼子は目的としてではなく、結果として世界の秘宝を手に入れるのだ。

「きれいな剣でしたね。」
「本当にね、あーあ、あたしも東京へ帰ったらよく切れるサーベルでも持たせてもらおうかな。」

「…やめて下さい。」
「なんでよ?その言い方気になるなあ。」


じゃれあいながら歩きだす二人を、マテューは宮殿の一室から見送っていた。

その隣には、宝石に彩られた鞘に守られたジュワユーズが静かに眠っていた。




(END)



*もちろん全部フィクションです。ご了承ください。長くなってしまってごめんなさい。しかもあまり甘くない。申し訳ありません。
ジュワユーズについては、wikipediaのお助けも借りました。実際はどこにあるのか、実在したのかどうかすらわかりません。

たくさんの拍手コメントをありがとうございます。元気を頂いています。ネタなどあればどうぞリクエストしてくださいね。
のんびりお待ち頂けるのであれば、がんばりますので。
京都市内は桜が開花しました。まもなく春の行楽シーズンです。皆様もよい春の日を。


*3/24拍手での誤)フラウ→正)フロイラインご指摘、ありがとうございました。
文法上はやはりこちらが正しく、かつ私も本当はこっちを使いたかったので、早速修正致しました。

しかし09年2月現在、実際現地ではもはやフロイラインは死語でした(笑)。ゆえにあえてフラウを使った次第です。
ドイツ語圏で実際に使われているところはもうないのかな?素敵な言葉なのにね。
そう言われてみれば、アメリカの人ももう私を呼ぶ時は「Ms」で統一ですね。
女性だけ既婚・未婚をチェックするのは元々は敬称ですが、最近は嫌がるのかもしれません。

でも今回の御指摘で一番素敵だなと思ったのは、
「ご参考までに、ガブリエル・シャネルは晩年まで(70代)「マドモアゼル」と呼ばれていました」というくだりです。
俳優さんなんかには、今でも確かに既婚・未婚に関わらずマドモアゼルの呼称を使いますね。
勉強になりました。ありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。