<注意!!>

この物語は、最後は楽しく終わりますが、
途中『怪談』なだけに、お化け、妖怪、スプラッタ等、少し気味の悪い話が出てきます。
…一人で部屋にいる時に思い出すと、ぞっとする程度には怖いです。
(書いている管理人も、真夜中近くの今、かなり後悔しています…)
ゆえにこの手の話が本当に苦手な方は、ここでストップされることをお勧めします。


本当に大丈夫ですか?それではどうぞ。











「それじゃあ始めるわよ。」

みんな思い思いの表情で、目の前の行燈の中、ろうそくに火を灯す。
それと同時に、涼子が手元のリモコンで電気を完全に消した。

これで行燈の灯り以外は、完全な闇になる。

泉田はほの灯りに照らされた、上司の顔を盗み見た。
瞳は炎を映して輝き、
口元には凶悪…もとい、凄味のある妖艶な笑みが浮かんでいる。

「最初は岸本、あんたからよ。とびきり怖いネタなんでしょうね。」
「も、もちろんです。絶叫できます。」

岸本がずいと行燈を押して前に出る。

その岸本の前に、涼子が何やら転がした。

「ひ、ひえ〜っ!!」

岸本の絶叫に皆びくっと腰を浮かす。

「ったく、大げさね。マイクよ。まっさきにあんたが絶叫してどうすんの。
これだけ離れていると声が聞こえにくいからね。それ使って、さあ、さっさとおやり。」



雨の音が一層強くなり、障子に稲光が走った。





<怪談>



ここは都心から少し離れた寺院。
その本堂、今泉田がいる場所は、ちょうどバスケットコートくらいの広さだ。

国宝級ではないかと思われるこの由緒ある寺院は、どうやら薬師寺家の菩提寺らしい。

そこを借り切って始まったのは、百物語。

怪談を一人ずつ百話話し、話し終わったらろうそくを消していく。
すべてのろうそくが消えた時、本物の幽霊(妖怪?)が出るらしい。

その幽霊が見たいと、麗しの上司はのたまった。

―そういえば最近、その手の分厚い怪奇小説を持って歩いていたなあ…。―

泉田はほっと溜息をついた。

涼子が「やりたい」と言い出したら最後、止めることは難しい。
流される方が楽。

今回は被害も小さそうだったので、泉田は迷わず楽な方を選択した。

―100は無理だから、キリのいい倍率で10人10話!―

・・・ちゃんとした倍率なら、10分の1しか話がなくても、幽霊(妖怪?)は出てきてくれるだろうか?
何かが違うような気がする、と泉田は今更ながら思うのだった。





時刻は午後11時。

門をくぐってから、舗装された道だったとはいえずいぶん歩かされた。
おまけに今日は夕方から土砂降りの雨で、まだ降り続いている。
障子の向こうには庭があるはずだが、真っ暗だ。

10人、お互いがかなり離れて座っているので、
ろうそくの明かりがなければ、そこに誰かがいることさえわからないだろう。

現に本堂の灯りが届かない隅の方には、闇がうごめく。
ぞっとしない状況だ。

皆、泉田と同じ思いなのだろう。
落ち着いて座っているように見えて、後ろを気にしている。どこか居心地悪げだ。

入口に一番近いところに涼子、その右隣に泉田、そこから右回りに室町由紀子、
丸岡、阿倍、貝塚、マリアンヌ、リュシエンヌ、若林(今日はジャッキーではない!)、岸本。

涼子が集められる最も手軽なメンバーが揃った感がある。


「と、とにかく始めますね。」

「さっさとおやり。」


涼子が転がした円形のマイクは、妙に音がこもり、おどろおどろしさを演出する。
岸本はようやく落ち着きを取り戻して、話し始めた。





どれもこれも、気味の悪い話だった。

岸本が話す『呪いのノート』。
買った記憶がないのに、いつの間にか身の回りに置いてあり、
開くたびに、ページに人の顔が浮かんでくる。捨てても捨てても戻ってくる。

若林は、政治家の会見で足もとに群がる血まみれの歴代閣僚たちの死霊を見て、
半狂乱になり記者クラブの窓から飛び降りたマスコミ関係者の話。

リュシエンヌは、船に乗ると友人の姿から一転、髪を振り乱した女性の妖怪と化して
人を海に引きずり込む死霊の話。

マリアンヌは、墓から出て歩き回り、人を食らう妖怪の話。

この2人の話は、涼子の演出たっぷりの通訳付きである。


マリアンヌが転がしたマイクが、ごろごろと音を拾って貝塚の前に着いた。
半分泣き顔だった貝塚が顔を引きつらせ、比喩ではなく50cmほど本当に飛びずさる。

「きゃああああ〜っ!!」

「貝塚巡査!」

「マリちゃん、動かないで!!呂芳花、始めなさい。」

思わず立ち上がって貝塚のそばに寄ろうとした阿倍を、涼子の鋭い声が制止した。

貝塚はしばらくそのままでいたが、泣き顔で行燈の前に戻ってきた。
そしてぐっとこぶしを固めると、覚悟を決めたのかたどたどしく話しはじめた。
・・・あっぱれ婦警魂。

話しはじめると泣いていたとは思えない、しっかりとしたストーリーテラーぶりだった。
…こんな雨の日に、首のない馬が町をさまよう。見えた人の命は必ず消える。
だから蹄の音がしても不思議に思って振り返ってはいけない・・・と。


貝塚が話し終わると、あたりが静寂に包みこまれる。

雨は降り止まない。
それどころかますますひどくなるようだ。


まるで我々を外界から遮断し、完全に降りこめるように。





阿部からは、地下から発生して、人の内臓を食らって成長し、繁殖するこの世ならぬ虫の話。
そして次に、丸岡の前にマイクが転がった。

丸岡は特に頓着もせず普段どおりに、若いころ先輩刑事から聞いたという話しを切り出した。
一家惨殺された家に夜張り込んでいたら、庭のスイカ畑のスイカが全部生首に変わって、
こちらを睨んでいたという。

「も、もういやだ…。」

雨の音に混じって、岸本のすすり泣きが聞こえる。

フッと丸岡がろうそくを消した。
もうどこにいるのか、泉田の場所からは姿が全く見えない。

いや、丸岡だけではない。その他、灯りを消してしまった人たちは、
目が慣れてきても見えないくらいの闇。


その中を由紀子がマイクを受け取り、ずいと前に進み出た。
そして戦争跡地で、地の底から悲鳴とともに自分の名前を呼ぶ霊たちの話を始める。

泉田は背筋を寒気が這い上がってくるのを感じた。
結構怖い。
これなら本当に妖怪も(幽霊も!)出るかもしれない。





そしていよいよ、ごろごろという音とともに、マイクが泉田の前に転がってきた。
泉田は一瞬ぎょっと目を見張った。

暗くて今までわからなかったが、円形の集音マイクは、ぎょろりとした目玉の装飾が施されている。
岸本や貝塚が悲鳴を上げた理由がやっとわかった。
平然とこれを受け取った他の皆は、大した度胸だ。

泉田は行燈とともに一歩前に出ると、咳ばらいを一つして、話を始めた。

演出など、慣れていない泉田には出来そうにない。
したがって淡々と話すしかないわけだが、
表情も、口調も変えない話しぶりは、逆に周囲に十分な恐怖感をもたらしていた。

それは小さい頃に聞いた、小豆洗いの話。
夜、帰り道で、川沿いで何かを研いでいる子供に声をかけると、
研いでいるものを見せてくれる。それは無数の人間の目玉・・・。



ガタン!!



「きゃあああああああ!!」
「うわあああああああ!!」


突然、庭で何か落ちたような音がした。

カラカラカラカラ…。

降りしきる雨に混じって、まだ転がっている音が続いている。
まるで何か金属製の籠のような・・・。

カララン。

・・・音は止まり、再び雨の音だけが返ってきた。

室内では、全員がただひたすら息をひそめている気配が伝わってくる。


「・・・小豆洗いも、研ぎカゴを取り落とすことがあるようね。さあ、下がって、泉田クン。」

涼子の声に、泉田はろうそくを吹き消すと、じりりと下がった。

自分の姿さえも闇に溶けそうな頼りない感覚。
もはや部屋の中で唯一、ぼんやりと灯りに浮かび上がるのは、涼子の姿だけだった。


「さあ、あたしの話が終わったら・・・出るわよ。みんな、しっかりと取り押さえてちょうだい。
出るのは、おそらくのっぺらぼうよ。」


…のっぺらぼう?

意外な妖怪の名前に、一瞬皆恐怖を忘れて、呆然と涼子を見つめる。

ふふん、と涼子が笑う。

「怖くないと思っているでしょう?でもね、そいつは何もないただ皮膚があるだけの顔と、
頭の後ろに…口があるのよ。それも大きく大きくぱっくり裂けた口が・・・ね。」

ひっ!と誰かが息を飲んだ。

「このお寺で葬儀、特に人気の少ないお通夜があるとね、今でも必ず出るのよ。
廊下をぱたぱたと通り過ぎればその一家は助かる。
でももし足音が部屋の前で、止まったら・・・そして障子が開いたら・・・。」


光に照らされた涼子の唇が血のように赤い。
・・・あんな口紅の色だっただろうか。


「次にまたすぐその部屋の中の誰かが命を落とすのよ・・・。」


そう涼子が言い終わった時に、泉田の耳は雨音とは違う音を聞き分けていた。

・・・あれは。

・・・そう・・・まるで足音のような・・・。





パタパタ、パタパタ。


もはや誰の耳にもはっきりと聞こえてきた。
かなりのスピードで近づいてくる。


フッ。


涼子がろうそくを吹き消した。





「きゃあああああああ!」
「いやあああああああ!」

真の闇の中、絶叫と、どたばたと動く音が聞こえる。

ちょっと太いかわいい悲鳴は、若林のもののような気がすると一瞬考えたが、
泉田もかなり動揺していて、とにかく涼子をかばわねばと立ち上がった時にはもう。


足音は角を曲がり、部屋の隅のほの白く光る障子に小走りに廊下を走る着物姿の女性のシルエットが
浮かびあがったと思ったら、影絵のように部屋の前を右から左へ通り過ぎた。


「あ、あああああうわああああ!!!」


岸本の声にならない悲鳴。
低いところから聞こえるところを見ると、床にへたりこんでいるのかもしれない。


パタパタ、パタパタ。

しかし足音は再び戻ってきた。

そして皆がおびえ戸惑う間に。



からりと障子が開いた。







「それっ、妖怪を捕まえろ〜っ!!」

どんっ。
聞きなれた声とともに泉田は後から思い切り背中を押され、前のめりに障子の方へ突っ込む。

そうだ、とにかく正体を確認し、確保!と思い切って顔をあげた泉田の目に、
美しい着物の柄が飛び込む。


そして、
その上には。


のっぺらぼうではなく、
涼子によく似たややつり気味の切れ長の目、優雅な鼻筋。

そこには、薬師寺絹子さんのお顔があった。





「まあまあ、楽しかったこと、よかったわ、お仲間に入れてもらえて。」

絹子さんは、住職が出してくれたお茶を優雅に飲むと、ころころと玉の転がる声で笑った。

「仲間に入れたつもりはないわよ。JACESの誰かにやらせるはずだった役を、
住職からこの仕掛けを聞き出したあんたが勝手にぶんどっていったんじゃないの。」

涼子はふてくされ、八つ当たり気味に泉田を睨みつける。

「だいたいどうしてあたしが捕まえろって言った時に、顔を見ずにまず殴り倒さないの!素直じゃない部下ねえ。」

・・・それは無茶です。
妖怪に向かって行っただけでも評価してほしい。

泉田は、すみませんと頭を下げながら、そう心の中でつぶやいた。
もう疲労困憊である。

他のメンバーはぐったりと疲れきって、既に隣の部屋で眠っている。
泉田も正直さっさと寝てしまいたかった。


雨の音は、外部の音を遮断する為に、
あちこちにしかけられたスピーカーから流されていたものだった。

実際はとうの昔に雨は上がって、
開け放たれた障子からは、やっと上り始めた美しい月の光と涼しい風が入ってくる。

「すっかり夜中ね。じゃあ私は帰るわね。涼子ちゃんもたまにはおうちに帰っていらっしゃい。」
「誰が帰るか。」

ふてくされる妹に困惑顔で手を振ると、楚々たる和風美女の姉は、深く泉田に頭を下げた。

「それでは涼子をよろしくお願いします。おやすみなさいませ。」

「あ、おやすみなさい。」

泉田は立ち上がって障子のところで、住職に送られている後姿を見送った。

「あ〜あ、おキヌの妖怪ぶりはともかく、おもしろかったよね。」

「…私の話の時の物音、あれもあなたが立てたものでしょう?あれがスタンバイの合図だったんですね。」

そう恨みがましく言うと、涼子は肩をすくめて、行燈の下に隠したいくつかのリモコンを取り出した。
これでいろいろなものを全部操作していたとは、念の入った悪だくみだ。
まったくこの姉妹は。

「でも、うまくいったでしょ?怖かった?」
「怖かったというか…疲れました。」

「もう、上司の心知らずの部下ね。せっかく涼しくしてあげようと思ったのに。
ちょっとここに座りなさい。」

涼子が座ったまま、泉田のズボンの裾をひっぱる。
仕方なく泉田は涼子の隣に腰をおろした。

涼子は、泉田の左腕に腕をからませると、その肩に頭を乗せた。

「きれいね〜、お月さま。これぞ夏の夜って感じよね。」
「はいはい。」





何のお化けも妖怪も出ない、そんな平和な夏の夜があってもいいと思う。


泉田はその言葉をあくびとともに飲み込みながら、
ご満悦の女王陛下とともに、十九夜の寝待ち月を見上げたのだった。



(END)



*絹子さん登場でした。途中怖い話がいっぱい入って、本当に申し訳ない。
みんな嘘ですよ〜、うそうそ。一人暮らしで怖がりな自分にそう言い聞かせています。あああ。