<今年の連休は…>


「だって、泉田クン、言ったじゃない。『静かなところでゆっくりしたい、のんびりしたい、好きなだけ本が読みたい』って。」
「確かに言いましたが…。」

「まさか1000円になった高速道路に乗ってどこか遠くへ行きたかったなんて言わないでしょうね?
あれは高速道路と観光地に国民を閉じ込める罠よ、そんなものに乗っかる人の気が知れないわ。」

泉田は悟った。
丸岡と阿部が、朝一番から嬉々として東北の山々にトレッキング兼沢釣りに行ったことは言わないでおこう。

「それに海外や人ごみは感染の可能性があるからダメ。しかも空港内でどれだけ時間をかけて検査されるかわからないなんて、
飛び立つ気にもなりゃしない。」

なるほど。
貝塚は山のようにマスクを買って、これまた嬉々として香港に旅立っていったが、言わないでおこう。

泉田はやれやれと目を閉じた。
それでも眩しい、波に煌く日差し。

「ね、だからこうやってお船に乗って、漂っているのが一番なの、今年は。」

クルーザーが係留してあったハーバーはもう遠く。
目を開くと、時折大型船の立てる波が、ふわりふわりとこのデッキを揺らすたびごと、
2人用のデッキチェアに寝ころんだ一足早い水着姿の涼子の笑顔が、楽しげに揺れるのが見える。

泉田は肩をすくめると、Tシャツに短パン姿で、涼子の隣にころりと横になった。

持って乗った数冊のペーパーバックは、籐で編んだ籠に入れられて枕もとに。
そしてチェアサイドテーブルには、よく冷えたシャンパン入りのフルートグラスが、きらきらと煌きながら、
波にも倒れぬよう工夫した立て方で準備されている。

これ以上の幸せなど、あるはずもないのだけれど…。
なぜだろう。小市民としては、少々胸が痛んで素直にくつろげない。

しかし。
逡巡していたのもつかのま、うつ伏せの泉田の腕に、仰向けになった涼子の頭がこつんと寄せられる。

「警視?」
「幸せだなあ。」

その天真爛漫な嬉しそうな顔に、泉田はもう何も言えず、少し困った顔で微笑み返したのだった。





ふわりふわりと船が揺れる。眠りを誘う。
時折吹く風はさすがにまだ少し冷たくて、隣で安らかな寝息を立てる涼子に、泉田はそっとタオルをかけてやった。

お気に入りのミステリーはまだ半分以上残っている。
後めたさをぎゅっと胸の奥に押し込め、休みを楽しまなければ損だと、乗船から2時間、やっと観念できたようだ。

海の青、空の青。
今年の休日は安全に、のんびりと波の上で。

大好きな人と一緒に。

泉田は、猫のような伸びをするとまた活字に眼を落した。



(END)




*おまけでした。そりゃこの過ごし方が一番安全です。
自分が疲れているせいか、最近寝ているお涼サマばかり書いていますね。申し訳ない(汗)。
でも、日頃が忙しい恋人たちの休日ってこんな幸せもあるといいなと思います。特にこの2人はね。