<好敵手>


「おまえの相手はこっちだ!」

泉田が叫ぶ。
しかしその男・・・いや、男だったと言うべき異形の怪物は一顧だにせず、
目の前の美しい獲物、薬師寺涼子に向かって牙をむいている。



都内に出没していた怪物を追ってたどりついた場所で、涼子と泉田が見たのは、
人間が突然変化して、大きな熊のような怪物へと変わっていく様だった。

「・・・かかってきなさいよ。」

かつてフランスで化け物の舌を切断した、炭素繊維入りスカーフをひらめかせて、
涼子は相手の隙を狙う。

追い詰めた時には、某国大使館近くであったため、警備部の制服警官が2名、
銃を持って一緒に追いかけてくれていた。
しかしこの公園の小高い茂みの中に入るなり、怪物は反撃を始めた。
2人の警官はあっと言う間に倒され、残る涼子と泉田が対峙している。

グアアアアッ。

唸り声をあげて怪物が涼子に襲い掛かる。
人間としての理性は既にないだろうが、知性はあるのかもしれない。
動きを止めようと、その鋭い爪で足を狙ってくる。

「ちっ!」

涼子がすんでのところで転がって攻撃を避ける。
何といっても大きさが涼子の2倍近くあるのだ。接近戦に勝ち目はない。
拳銃を構えている間にその爪が涼子を引き裂くだろう。

もう一度怪物が大きな前足を振りおろそうとした、その時。
泉田の発砲音が響き渡った。



弾は左後ろ足をかすったはずだ。
なのに、怪物は一瞬ふらりとよろけただけだった。

「っっつ!」

涼子が怪物の攻撃を避け、左側に飛び退き転がる。
転がった先が暗かったためか、怪物は涼子の動きが追えず、
次の獲物を求めてゆっくりと振り向いた。

「そうだ、こっちだ。」

泉田は緊張でカラカラになった喉の奥でつぶやくと、
拳銃を構えたままじりじりと間合いを測り始めた。



草の上に転がった涼子は右足に鈍い痛みを感じながら、膝をついて体勢を整えた。
コツンと膝に何かがあたる。

警備部の警官が落とした銃だ。
対テロ用に警備部が特別に用意したものだろうか、破壊力は涼子や泉田の銃の比ではない。

涼子は切れた息を整えながらそれを拾い上げると、
月明かりに照らし出された怪物に狙いをつけた。

ところが。

「・・・ちっ。」

泉田がかなり怪物に接近している為、反動による狙いのブレは絶対に許されない。
しかしこの銃なら、大の男でも油断すれば吹き飛ばされるほどの反動が来るだろう。
後ろに木でもあればもたれて打てるが、あいにく手頃な場所にはない。

…一発目は威嚇で外し撃ちをして、次に相撃ち覚悟で懐に飛び込んで近距離から狙うか。

涼子が覚悟を決めた時にガサリと後ろの茂みが揺れ、ひそめた、しかし鋭い声が飛んだ。

「お涼!」



銃を構えた由紀子が身を低くして涼子の隣に駆け込む。

「警備部が刑事部に応援を要請したわ。まもなく到着…。」

由紀子は涼子の視線の先に、怪物と泉田の姿を見た。
そして涼子が狙いをつける銃を見る。

由紀子は瞬時にすべてを理解した。

「お由紀!」
「わかった、早くっ。」


涼子が膝立ちになって銃を構える。その後ろで由紀子が膝をついてしっかりと涼子の腰を支える。
背中に頭と肩をつけ、壁になる。

「いくわよ!」





轟音一発。

泉田に飛びかかろうとしていた怪物が、横っとびに吹っ飛ぶ。
弾は怪物の足を見事に貫通した。

「確保!」

草の上に倒れ込んだ涼子と由紀子の声が重なる、泉田が怪物の上に飛びかからんばかりに抑え込む。

「あ…?え!?」
「ちっ…何も残らない…か。」

ゆっくりと立ち上がって怪物の様子を見た涼子は、大きなため息をついた。
怪物が、みるみるうちに人間の姿に戻っていく。
わずかに、血に染まった爪だけが、戻りきらなかったのか獣のままだ。

「調べてみて何か出るといいけれど…。」

困惑する由紀子に、涼子はふんと鼻を鳴らした。

「それくらいはやってもらわなきゃね。何人も犠牲になったのよ。」

涼子の言葉が終わらぬうちに、3人はサーチライトに照らされた。

「応援到着しました!」

岸本の声が響く。

「…すべてが終わってから来るあたりがよく働く部下だこと。上司は馬鹿力女だし。」

「ちょっとお涼、馬鹿力って何よ!?」
「あたしと、あのゾウでも撃てそうな銃の反動を支えたのよ、馬鹿力じゃなくてなんなのさ!?」

「そうね、あなたは確かに重かったわ。ああ、肩が痛いこと。」
「なんですって!?」


駆けつけてきた応援部隊に怪物・・・だった男を引き渡した泉田が、2人のところに戻ってくる。

涼子はそっぽを向きながら、泉田に言った。

「泉田クン、この馬鹿力女に礼を言いなさい。通りすがりに君を助ける為に壁になったのよ。
まあお似合いだったけど。」
「お涼!」

泉田は由紀子のべっとりと土のついたスカートを見て、大方を察し深く頭を下げた。

「ありがとうございます。」
「当然のことよ、泉田警部補。お疲れさま。」

軽く敬礼を返す由紀子に向かって、ふふんと涼子は言い放った。

「借りは作ってないからねっ。その上、あんたにこの手柄全部やるわ。
だからせいぜいちゃんと後始末して見せるのね。」


由紀子は涼子を頭の先からつま先まで睨みつけると、そのまま歩き出した…
が、涼子の隣を通り過ぎる瞬間、怪物から傷を受けた右足を、さりげなく軽く蹴る。

「痛っ!!」

思わずしゃがみ込む涼子をとっさに泉田が支える。

「警視!…ケガを…ひどい、えぐれている。じっとしていてください!足を地面につけないで!」

泉田が涼子をふわりと抱き上げた。


「誰か!救護キット!救急車!」


狼狽と言っていいほどの勢いで救急隊員を探しはじめる泉田に抱かれた涼子の耳元に、
すれちがいざま由紀子がささやいた。

「借りは作っていないわよ。どうぞご退場あそばせ。」


現場へと歩を進める由紀子に、警官たちが駆け寄る。
岸本がよたよたと、それでも由紀子の指示を仰ごうと走り寄ってくる。

泉田の腕に抱かれながら、涼子はその由紀子の背筋のぴんと伸びた後姿を見つめた。


「やだ、なんかやっぱりあっちの方がいい…。」


恋しい人を守り、そして恋しい人の腕の中に抱かれ。
今夜のお姫さまは間違いなくあたしのはずなのに。

なぜ負けたような気がするんだろう。



月を背に、次々と指示を飛ばす由紀子の凛とした声が現場に響く。



「・・・降りる!」
「はあ?」

涼子は泉田の腕の中で身をよじった。
泉田はバランスを崩しながらも、かろうじて涼子を抱きとめる。

「だめです!傷が深いんですよ。力を入れて神経を損傷したらどうするんですか!」
「それでも嫌だ!あたしも指揮を取る!」
「何を言っているんですか!室町警視に後始末を押し付けたのはあなたでしょう?!」

「とにかく降りる〜っ!降ろせ〜っ!」

暴れる女王様を抱きながら、泉田は思わず天を仰いだ。

お月さまがくすりと笑った・・・ような気がした。





彼女たちの間に、友情は存在しない。
優しい言葉を、心安らぐ場所を、互いの中に求めることは決してない。

その代わり、そこにあるのは競い合う思い。
目的に向かって、より強く、より美しく。

それが好敵手。

・・・かっこいい!


(END)





*泉田クンの見せ場は前半だけでした。ごめんなさいね。
彼女たちはいつも最高にかっこいいです。
だからといって泉田クンが困ることにはなんの変りもないという話でした(違)。

銃に関してはいろいろとモデルを見ましたが、専門家がご覧になればおかしなところもいっぱいあると思います。
どうかストーリー上の展開としてスルー頂ければ幸いです。