(はじめに)
お越し頂きましてありがとうございます。また日ごろはたくさんの拍手、励まし、本当にありがとうございます。
さて、泉田クンとお涼さまをなんとか結びつけたいヘボ二次創作管理人が密に狙っておりましたポイントは、
「巴里・妖都変」のあと、2人のメイド付ではありますが、一緒にカンヌにバカンスに行ったところでございます。
南仏ですよ、南仏。陽光降り注ぎ潮風あふれる恋人たちの街!(落ち着け、私!)
ここがシリーズ最大の山場だ!そうに違いない(断言)。・・・というわけで、新年一作目はここからスタート。
さすがに昨年比更新のスピードは少し遅くなるかもしれませんが、2008年もどうぞよろしくお願いいたします。



<l'amant(愛人)>

泉田は籐のバスケットトランクを提げて、日差し眩しいニース中央駅に立っていた。
いつものスーツを脱ぎ、厚手のジャケットに深緑のセーターとこげ茶のパンツ姿で。

なぜこんなことになっているのか、もはやさっぱりわからない。
そもそも大学での講義のつきそいを終えて、自家用機でカンヌまで飛ぶと言われた辺りから、
泉田は自棄になっていた。

美女三人とのプライベートフライト。
――ええ、そりゃあ楽しかったです、サバト(魔女の集会)なみに。――
・・・泉田に感想を尋ねる人がいれば、そんな答えが返ってきそうだ。

そして賑わうカンヌで買い物三昧・美食三昧に楽しくすごした後、唐突に女王陛下はのたまった。

「明日から2日間、ニースに行くから。」

カンヌから電車で約20分の高級避暑地。はいはい。
もはやそんなことくらいでは、忠実な下僕は驚かなかった。

驚いたのは、頼りになるメイド2人が出発の朝、見送り体勢だった時だ。

「何を驚いているの?2人で行くのよ?」

麗しく微笑む女王陛下に、下僕は自分の考えが浅かったことを思い知らされ深く深くうなだれたのだった。



「泉田クン、こっちこっち。」

涼子の行く先々にはJACESから手配された黒塗りの車が、必ず待機している。
泉田は運転手にトランクを預けると、車内に向って一礼して後部座席の涼子の隣に乗り込んだ。

こうして乗っていると、広さと乗り心地を無視すれば、いつものパトカーの後部座席と同じである。
むしろ、いつもの白黒のパンダ色で赤いサイレンのついている車だったらどんなに居心地がよかっただろう。

泉田は深いため息をつき、涼子はすこぶる不機嫌にそっぽを向いた。
そうして車は滑り出した。

しばらくたつと、車は坂を上がり始めた。
泉田は何気なく外を眺めていたが、カーブを曲がると突然、紺碧の海と海岸線に連なる白い町並みが視界に飛び込んできた。

「うわ・・・。」

泉田の口から思わず感嘆がもれる。
世界で一番美しい景色と多くの富豪、芸術家が称えてやまない港町、ニース。

「・・・素敵だと思ったから連れてきてあげたのに。」

地の底からわきあがるような声が背後から聞こえる。
泉田はおそるおそる振り返った。そこには恨みがましく泉田を睨みつける美しい輝きが2つ。

「・・・きっと喜ぶと思ったから連れてきてあげたのに。」

「あ、あの・・・警視。」
「なのに、行きの電車の中では口もきいてくれないし、ため息ばかりつくし。」

「いや、それは・・・。」
「・・・報われない・・・。」

涼子はため息をつくと、シートに両手をついて泉田を斜めから見上げる。

――あの角度から警視に見上げられて、動じないのは泉田警部補くらいですよぉ。――

そう貝塚からお墨付き(?)をもらったとおり、これは涼子の必殺ポーズだが、泉田には効いたためしがない。
いつも薄着の胸元あたりが微妙に視界に入るとか、ちょっと目が潤みぎみに見えるとか、
そういったことではもはや泉田は全く動じないのだ。

なぜならば、その体がしなやかに動いて素晴らしく有能な武器(凶器?)になるところも、
その目が妖魔を射殺すほどの輝きに変わるところも、嫌と言うほど見てきているから。

しかしこのポーズが出たからには、これ以上話をこじらせると、ろくなことにならないこともわかっている。
泉田はここは素直になるべきだろうと決めた。

「連れてきて頂いてありがとうございます、警視。」
「・・・本心じゃないでしょ?」

「本心です。いい眺めです。警視に連れてきていただかなければ、一生来ることは出来ませんよ、こんなところ。」
「一生は大げさでしょ?」

泉田が苦笑すると、涼子が嬉しそうに腕に擦り寄ってくる。

「感謝してる?」
「していますとも。」
「世界で一番素晴らしい上司だって思ってる?」
「・・・ある意味。」

涼子はふにゅっと泉田の頬をつねった。そして破顔一笑、艶やかに瞳が輝く。

見とれるほどの愛らしさ・・・だがこの表情を愛らしいなどと思うところが既に涼子に巻き込まれているのだと泉田は自覚した。
そしてやれやれという顔で観念すると、涼子が指差しながら案内してくれるニースの眺めを楽しみ始めた。



20分ほど走った崖の上に、そのホテルはあった。
はためく三色国旗。そしてこじんまりとしたシャトーそのものの建物。とても並の観光客が泊まれる格ではない。
乗っていた車が、滑り込むように正面玄関の車寄せに停まる。

颯爽と車を降りロビーに入ると、涼子は出迎えた支配人らしき人物と話し始めた。
泉田はスーツを運転手から受け取ると、少し離れた場所に立った。

会話はフランス語で、泉田にはほとんどわからない。
ただ「お待ちしていました」や「ご予定は・・・」等の断片的な言葉だけが聞き取れる。

そして会話の中で、支配人が何か涼子に尋ねながらちらりと泉田の方を見た。
涼子が首を横に振る。
また支配人が何か尋ねる。
涼子は指を立てて横に振ると、ちらりと泉田を見て、
そして支配人になにごとか答えながらいたずらっぽく片目をつぶってみせた。

とうとう支配人は肩をすくめると、泉田に向ってうやうやしく一礼した。

――あ、ども。――
泉田もわけがわからないなりに、とりあえず習慣で軽く敬礼しつつ頭を下げる。

涼子が歩み寄ってきて、泉田の腕に腕を絡める。
泉田の持つ荷物をポーターが受け取り、コンシエルジュらしき人がすっと案内を示す仕草で促す。
2人は歩き始めた。



中世ヨーロッパの印象の残る廊下、その向こうに見える紺碧の海。
そして部屋数が少なく、加えて一室ずつ別棟になっていて、庭と外の村への小道がつながっているつくり。

「素晴らしいの一語ですが、開放的と言うか、無用心だというか・・・。」

泉田は暖炉もある落ち着いた格調高い家具でまとめられた部屋を見回し、高い天井を見上げながら、眉をひそめた。

「こんな断崖絶壁にホテルの客以外誰も入ってきやしないわよ。宿泊人数が少ない分ガードもしやすいしね。」

泉田は涼子のその口調に、かなりの数のセキュリティサービスが周辺にいるのだろうと推測した。
もしかしたらJACESの取引先ホテルなのかもしれない。だとすれば心配するだけ無駄だ。

それよりも。

「警視、お尋ねしてよろしいでしょうか。」
「尋ねてもいいことならいいわよ。」

泉田はこほんと咳払いをして、ずっと気になっていたことを口にする。

「先ほどロビーで支配人に、私のことをなんと説明なさったのですか?」
「気になるの?」
「はい。」

気にならないでか。
荷物を運んでくれた若いポーターは、涼子の顔を盗み見ては頬を赤らめこちらに敵意満載の視線を向けて来るし、
コンシエルジェは逆に、一介の警部補に向けるには丁寧すぎるほどの扱いだった。

どうもロビーでの涼子の言葉に鍵があるように思う。

「なんて言ったと思う?」
「は?」
「あたしは君の事を支配人になんて紹介したと思う?」

あれだけ支配人とコンシエルジュが丁寧な扱いをしてくれるのだから、忠臣や家来、下僕ではあるまい。
しかし2人を夫婦や家族として見るような落ち着いた視線でもなかったような気がする。

だとすれば・・・客観的に見れば避暑地にやってきた男と女の二人連れ。
頭に浮かぶ言葉は、どれも口にするのははばかられた。泉田はもっとも無難な答えを選んだ。

「わかりません。」
「嘘。」

一蹴。
涼子の目は獲物を見つけた猛禽もかくやといった風情に、意地悪く輝いている。

「答えなさい、上司命令よ。」

泉田はため息をつきながら、出来るだけ棒読みに答えた。

「あの・・・恋人とか愛人とか。」
「・・・クックッ・・・あはは!」

涼子はソファーに座り込んで、お腹を抱えて笑い出した。

「警視!」
「愛人ね、いいわよねぇ、その言葉の響き。退廃的で、淫靡で、無責任で。おまけに浪漫と秘め事の香りがするわ。」

涼子は、頬を紅潮させ狼狽している泉田を見つめながら、まだ笑いが止まらない様子で目じりの涙をぬぐっている。

「あ、あまり名誉な立場ではないように思いますがっ。」
「あぁら、愛人と言えば、美男美女っていう固定観念つきよ?ご不満?」
「そういうことではなくてですね!」

涼子は少し笑いを収めて、笑顔で泉田に告げた。

「大丈夫、大丈夫。恋人だとも愛人だとも夫婦だとも言っていないから。」

怪訝そうな泉田の顔を見て、涼子は言った。

「本当よ。」
「じゃあなんておっしゃったんですか?」

涼子は指を額にあててしばらく考え、やっと思い出したという表情で顔を上げた。

「『日本警察をしょって立つあたしの部下で、
JACESや全米トップのシークレットサービスを10人束にしたくらい有能なの。安心よ。』だったかな。」

・・・始めのほうの形容詞は「あたし」にかかると思われるが、ちょっと誉めすぎな、しかし極めてまっとうな紹介である。
照れ隠しにコホンと一つ咳払いをした後、泉田は素直に頭を下げた。

「過分なご紹介、ありがとうございます。」
「この場所では最高の誉め言葉なのよ。支配人からポーターに至るまで、みんなJACESの社員なんだから。」
「・・・は?」

それでわかった。なぜあんなに敬意やライバル心を向けられたのか。

「新しい試みなの。サービスが課題だったんだけど評判は上々、うまくいってるわ。日本にも持ち込みたいビジネスモデルなのよ。
セキュリティ会社がやっているホテルって、安心は安心でしょ?」
「確かに。」

得心した様子の泉田に、涼子はぽんぽんとソファーの自分の隣を叩いて指し示した。
泉田が座る。入れ違いに涼子は立ち上がって、その膝の上に座りなおした。

「・・・警視。」

椅子にされるのは初めてではないが慣れない。柔らかな感触に色々と困ることが減るわけでもない。

「ここが特等席なの。見て、海がきれい。」

そんな泉田の苦労を無視して外を指をさしてはしゃぐ涼子が、ぐらりと安定を崩す。

「あらら。」
「おっと。」



泉田が涼子の背中を支えるのと、涼子が泉田の肩につかまるのとは同時だった。
涼子はそのまま、泉田の肩に顔をうずめた。しばらく沈黙の時間が流れる。

「・・・警視?」
「・・・愛人でもいいって思っちゃう時ってあるよね。」
「?」
「一番でなくてもいい、そばにいられるならどんな立場でもいいって思っちゃう時、あるわよね。」

涼子が小さな声でつぶやきながら顔を上げ、至近距離から泉田を見つめる。
泉田も涼子をじっと見つめて・・・そして言った。

「らしくありませんよ、警視なら十分どこででも一番でしょう?」

瞬間、涼子の体中の力がかくっと抜けた。
泉田はあわててその背中を支えなおす。

「警視!本当に危ないですから、もうお遊びもたいがいにしてください!」
「・・・スルーされた・・・さわやかに笑顔でスルーされた・・・。」
「は?」

涼子がくっくっとのどの奥で笑いながら顔を上げ、膝の上から飛び降りた。
そして窓を背にいつものように高らかに宣言する。

「さあ、行くわよ。」
「どちらへ?」
「まず下の村で昼食よ。そのあと、街の移動遊園地で遊ぶの。」
「はいはい。」

涼子はトランクを開き、一まとめになっている泉田の分の荷物を渡すと、てきぱきと整理をし始めた。

泉田もクロゼットを開いて少ない荷物を片付けた後、せっせと涼子の荷物を片付ける手伝いをする。



2人のバカンスはやっと始まったばかり。
窓の向こうでは、海が冬の陽光に穏やかに輝いていた。


(END)





〜おまけ〜

ホテルの部屋からは個別に設けられた専用の門を通って、外の村に出ることが出来る。
坂道を涼子にひっぱられながら下りると、村の小さなマルシェ(市場)に出た。

「泉田クン、あのイチゴ見て!」
「おいしそうですね。おやつにいいかもしれません。」

ぴかぴかでつやつやのイチゴが籠に上品に盛ってある。

「欲しい!買おう!」
「はいはい。」

腕を絡めて嬉しそうにねだる涼子に答え、泉田がそれを指差すと、
母親をイメージさせるふくよかな店員が、親切に持ちやすいよう包んでくれた。

ユーロ紙幣を渡すと、品物と入れ替えに笑顔で話しかけられる。
かろうじて断片的に聞き取れた。

「奥さんかい?美人だね。」

泉田は少し首をかしげて、そして何とか笑顔で発音した。

「C'est ma femme.」

店員は肩をすくめて笑うと、『幸せにね』と言った・・・気がしたが、泉田の言語能力では聞き取れなかった。
そして品物を受け取って歩き出そうとして、腕につかまっている涼子が、呆然と自分を見上げているのに気づく。

「どうしました、警視?」
「い、今の・・・。」

泉田はばつの悪そうな顔で答えた。

「発音がおかしいですか?パリで岸本に教えてもらったんです、上司ってフランス語で何て言うんだって。」
「上司・・・。」
「はい。あ、そうは聞こえなかったですか?本当は何て言うんです?」

涼子は不覚にも高鳴った胸を押さえて、せいいっぱいの笑顔を作った。

「それでいいのよ。そうよ、キミにとってのあたしを表現するならその通りよね。岸本も見所があるわ。」
「?」
「さ、いきましょう。」

不思議そうに首をかしげる泉田をひっぱって、涼子は超がつくごきげんで歩き出した。



C'est ma femme=私の大切な女(ひと)。


よいバカンスを!

(ほんとにEND)



*泉田クンが真実を知って、岸本を締め上げるのはいつだろう?(笑)
ホテルのモデルは、全仏でも新婚旅行ならここと人気の高い憧れのChateauEzaです。
もちろんあくまでもモデルで、JACES云々及び間取り等本文の設定は実在ホテルとは全く無関係であることをご理解下さい。
ありがとうございました。続編書いていたら、笑ってやってくださいね。