*このお話は、当サイト「l'amant(愛人)」の続き仕立てとなっておりますが、読んでいなくても大丈夫だと思います。
設定は「巴里・妖都変」の後。2人のメイド付でカンヌにバカンスに行ったお涼と泉田が、今度は2人でニースに旅行に来たところです。
では警告。どうしようもなく甘甘です。「砂を吐きそうに甘い」という表現がぴったりの内容の上に、長くなって申し訳ありません。覚悟してお進みください。
それはむかしむかし、
移動遊園地の音色に誘われて、王宮を抜け出した王女さまのお話。
アコーディオンの音色に酔い、風船を持ってはしゃぐうちに、夕暮れになって、
自分が迷子になり、本当のおとぎの国に迷い込んでしまったことに気づく・・・。
<Merry-Go-Round>
泉田は海沿いの街角に立って、冬の穏やかな夕日に照らされた沖の白い波頭を見ていた。
それは外国の絵本に描かれている海馬のようで、ここが異国の地であることを否応なく思い知らされる。
隣では地図を片手に、涼子が住民らしき人に道をたずねている。
東京から巴里へ。
そこで錬金術の化け物たちとの戦闘に勝利!そして世界征服の戦略会議!?の為にカンヌへ。
それだけでも目まぐるしかったが、突然女王陛下は2人でニースに移動するとのたまった。
そしてホテルにチェックイン後、近くの村の散策のお供をし、専用車で市街地に送り届けられ・・・今に至る。
「ここで間違いないみたい、行こう。」
涼子に手を引かれて入った通りには、クレープやキャンディを売る出店が並ぶ。
しかしそれは、そう、例えるならまるで近所の神社のお祭りくらいの数でしかない。
それでもどこかで配っているのか風船を持った子供たちが走り、笑い声に満ちている。
「なんだかなつかしい感じのする場所ですね。」
「ほんとね。」
小銭でチケットを買い小さなゲートをくぐると、ちょっとした広場がある。
そこを自然と横切る形で、2人はゆっくりと辺りを見回しながら歩いていった。
ここは朝、ニース中央駅でポスターを見て、涼子がどうしても行きたいと主張した、この時期だけこの広場に出来る移動遊園地。
おそらくは2つ3つ、子供向けのアトラクションがある程度の広さだろう。
ところ狭しと走り回っている絶叫マシーンもなく、少し割れた音のワルツがどこからともなく流れてくる。
バギーを押した家族連れもいれば、手をつなぎ愛を囁きあう若い恋人たちもいる。
ベンチに静かに座る老夫婦の姿もある。
始まったばかりの夜にふさわしい、さまざまな色灯り。誰もがその光を楽しんでいる空間。
泉田は、なんとなく心が浮き立つと同時に不思議な安堵感を覚えていた。
しかし、涼子が期待していたのはこういう場所だったのだろうか?
気になって隣を見る。
視線に気がついた涼子が、泉田の方へ顔を向ける。
「どうしたの?」
「あなたが想像していたのと同じような場所ですか?その・・・期待外れではなく?」
確か涼子は、日本のテーマパークの株もいくつか持っていたはずだ。
ああいった大規模な遊園地をイメージしていたのであれば、期待外れと言うことになる。
しかし涼子は、意外そうな顔をして笑った。
「どうして?ヨーロッパの移動遊園地ってだいたい小規模なものはこんな感じよ。」
涼子はぐるりと周囲を見渡しながら、満足げに言った。
「来たかったの。いい場所でしょ?」
「・・・はい。」
泉田にも異論はなかった。
前の方からアコーディオンの音色が聞こえてきた。
演奏者のピエロが、子供たちに取り囲まれておどけて一礼してみせる。
「あたしたちも座ろっか。」
「はい。」
並んでベンチに腰掛けて話が途切れるとまた、音楽と笑い声、そして遊具の音が響く。
2人の座っている先には、光に彩られた小さな機関車が走っていて、子供がしきりに手を振っている。
泉田は軽く手を振り返してやった。
ふと、涼子が泉田に尋ねた。
「退屈?」
不安そうな声に、泉田は首を横に振って微笑んで答えた。
「いいえ、全く。不思議ですね、ここはとても居心地がいい。」
「よかった。」
心底ほっとした様子で涼子はつぶやいた。
「まあ、ささやかな夢・・・だったからさ。」
「夢ですか?」
「うん。こうやって移動遊園地に来ること。」
「へえ。」
泉田にとってはとても意外な話だった。
年に何度も海外に行き、好きなところに足を伸ばせる移動手段をほぼ手中に収めている涼子が、こんな小さな遊園地に来ることが夢だったとは。
「小さい頃、絵本で読んだの。それからずっと憧れてたんだ。」
「そうだったんですか。なかなか機会がなかったんですね。」
「そうね・・・。」
言葉を止めて、涼子がふっと何かを思い出すように笑った。
その笑いにつられて、泉田は両子の方へ視線を向け、そして・・・瞠目して動きを止めた。
・・・そこにはうっとりと夢を見るような微笑を浮かべ、ライトを見上げている涼子がいた。
こんなにきれいな人だっただろうか。
いや、見慣れ、かつひどい目にあいすぎてしまっていただけで、もともと絶世の美女であることは間違いない。
緊張感が解けた時の顔にはこれまでもはっとさせられてきた。
しかし今夜のような、こんな美しい表情を見たのは初めてだ。
さっと顔に血が上るのが自分でもわかる。絡められた腕が熱くなる。
泉田はなんとか悟られぬようそっと腕をほどき、立ち上がった。
「何か飲み物を買ってきましょう。ヴァン・ショー(ホットワイン)でも?」
「いいわね。お願い。」
泉田は背を向けて立ち上がると、おさまらない鼓動をもてあましながらドリンクスタンドに向って歩き出した。
泉田がプラスティックマグを2つ抱えて戻ると、そこに涼子はいなかった。
2人が座っていたベンチのあたりには、さっきの賑わいが嘘のように誰もいない。
――レコーディング(音入れ=・・・)かな?――
しかし5分たち、10分たち、ホットワインの湯気が完全に消えても涼子は戻ってこない。
さすがに泉田も、探しに行くべきかどうか迷い始め、頭の中で状況を整理してみる。
推測その1、営利か暴行目的の拉致・・・黙って連れ去られるか?あの人が。
推測その2、トイレ帰りに迷子・・・この狭い場所で?それならフランス語が出来ない泉田の方がはるかに可能性が高い。
推測その3、勝手にホテルへ帰った・・・意外と部下をほおっては動かない人だ、あの人は。
一応携帯を鳴らしてみるが、やはり出ない。
思いついた推測の中であれば、やはり「営利か暴行目的の拉致」の可能性が高そうだと泉田は考える。
涼子だと知っての犯行なら・・・あの性格である。怨恨が理由ならものすごい被疑者の数だ。
いくらティラノザウルスと張り合う傍若無人の暴れっぷりを誇る涼子でも、
計画的犯行の中で、例えばスタンガンを突然突きつけられたら戦闘能力は失われる。
それに・・・。
さっき見た一瞬の表情が甦る。今夜の涼子はどこかいつもと違う。
複数犯での拉致なら、人目につかないはずがない。目撃者を探せばいい。
だが自分の語学力ではそれすら出来ない。泉田は頭をかきむしりたい衝動に駆られた。
お互い気が抜けて、隙が出来ていたのかもしれない。
泉田は探しに出かけることに決め、立ち上がった。
園内は、時間が遅くなるにつれて少しずつ子供の数が減り始めていた。
その分、恋人たちの姿が目立つ。
この国で、特にパリを離れカンヌ・ニースで泉田が驚いたことは、涼子に声をかける男性の多さだ。
それも日本のナンパのような下卑た態度とは全く違う。
ごくごく自然に、まるで誘わないのが礼儀にかなっていないとでも言うように。
もちろんそんな男たちに、涼子がふらふらとついていくとは思わない。
普段の涼子なら。
不安が足を速める。
何周目かになる遊具の周りをぐるりと回りながら、暗がりに目をこらし、明るい場所に出た途端。
「泉田クン!」
涼子と泉田は鉢合わせした。
「どこに行ってたの!?戻ったらいないから・・・!?」
何かを言いかける涼子を、泉田は思い切り抱きしめた。
「ちょ、ちょっと、泉田クン!」
泉田はお互いの息が上がっていることに気がついた。涼子も駆け回っていたのかもしれない。
その鼓動が、確かに探していた存在がここにいると伝えてくれる。
全身の緊張がとけていく。
泉田は少し腕の力を緩めて、涼子の髪をなでた。
「・・・心配させないで下さい。」
「あたしだって、心配したわよ!」
憎まれ口を叩きながら、涼子が泉田の胸に顔を埋める。
「心配・・・したんだからね。泉田クン、フランス語出来ないから誰にも伝言できないし、呼び出しも出来ないし。」
涼子は涼子なりに、泉田を探そうとしていたのだろう。
「いっそ放送室を占拠して、マイクを奪い取って日本語で叫んでやろうかと思ったのよ。」
ああ、それはいい。涼子以外にはなかなか思いつけない解決策だ。
泉田はくっくっと笑った。不安だったついさっきまでが嘘のように満ち足りた気持ちになる。
突然、ベルが鳴り響き、2人のすぐ側から華やかな音楽が聞こえてきた。
辺りがきらきらと色とりどりの光に包まれる。
「メリーゴーランドですね。」
「・・・きれいね・・・。」
涼子が顔を上げてその光を見つめる。
その横顔はさっきも見た、夢を見るような微笑。
泉田は今度は躊躇しなかった。
涼子の顎を軽く持ち上げるとその唇に唇を重ねる。
短いキスが終わって、涼子は泉田をじっと見ると、にっこりと告げた。
「ね、これに乗りたい。」
「だめです、女王陛下は馬車と相場が決まっているでしょう?」
「あんな揺れないところに乗ってもおもしろくないわよ!」
「そのスカートの短さで、こんな高い馬に乗らないで下さい。」
「大丈夫よ、見えやしないって。」
「見えます、絶対に。」
「・・・見たの?」
「見ていません!」
メリーゴーランドの上で、涼子と泉田はまたいつものかけあいを繰り広げていた。
涼子はどうしても馬の乗り物に乗ると聞かないのだが、さすが海外仕様の遊具、涼子でもまったく下に足がつかない高さなのだ。
そうなるとそのお召し物ではいかがなものか、という泉田の説教に対して涼子が噛みつく。
そうこうしているうちにベルが響き渡った。
「ほら、始まりますよ。乗るんですか?降りるんですか?」
「・・・わかったわよ。」
涼子はしぶしぶ馬車の乗り物に乗り込んだ。
泉田はその隣の馬の乗り物に、涼子の方を向いて軽く腰掛ける。
音楽とともに、乗り物が動き出す。
「ああ、結構揺れますね。」
そう言いながら笑いかける泉田に、涼子は意地悪く瞳を煌かせた。
「乗り心地はどう?」
「え?」
「かっこいいわよ、白馬の王子さまね、泉田クン。」
「・・・馬に乗れなかった仕返しは止めてください。そんな年でもありません。」
照れてばつ悪そうに横を向く愛しい臣下に、女王陛下はさらに追い討ちをかける。
「さっき泉田くん、あたしのこと、ぐるぐると同じ方向に回って探していたでしょ?」
「?」
「あたしも同じ方向に回ってたら、こんな狭い場所でも永遠に会えないかもよ。」
「・・・あせっていて気づきませんでした。」
涼子はころころと笑いながら、泉田を見上げて言う。
「それこそ、まるでメリーゴーランドみたいよ。」
「本当ですね。」
涼子は、笑う泉田を見ながら心でつぶやいた。
――今夜のあたしは世界でも間違いなく5本の指に入るほど幸せなんだから!――
それは、
移動遊園地から本当のおとぎの国に迷い込んでしまった王女さまが、
そこで出会った王子さまに恋をするお話。
その絵本を読んだ時からずっと、
移動遊園地には一番好きな人と来ようと心に決めていた・・・ことは、絶対に言ってやらない。
涼子はまた微笑んで泉田を見上げた。
それは泉田を危うく馬から落とすほど動揺させるには十分な、今夜3度目の美しい微笑だった。
涼子は、近くに座っていた老婦人の心臓のペースメーカーの調子が悪くなった為、その旦那さまと一緒に
救急窓口に連れて行っていた。それが泉田とはぐれた原因。
心臓疾患者の隣で携帯など使えない、怒られるのは理不尽だ!と言う涼子に、泉田も今回は折れるしかなく、謝罪し、反省し、力不足を痛感した。
その日ホテルに戻るやいなや、泉田は携帯で涼子の写真を一枚撮り、保存する。
これは帰国後参事官室の面々に発見され、「いよいよ待ち受けにまでする仲に!?」と大騒ぎになるのだが、全くの別目的だ。
そのあと泉田は、涼子に知りうる限りの言語で『この人を見かけませんでしたか?』と書いてもらい、発音をカタカナでメモした。
どこにいても探し出せるように・・・って、いったいどこまで行く気ですか?お二人さん。
(END)
*見かけたかどうかを尋ねたところで、返事の言葉がわからなきゃ意味ないだろうっ!って突っ込みは止めてあげてくださいね(笑)。
きっとお涼さまは喜んで書いてあげたと思うので。