<おかえりなさい>


合同捜査会議の会場にあてられた刑事部会議室は、大勢の刑事たちでざわめいていた。

警視庁刑事部の第一課が担当した殺人事件に、第二課、第三課が追っていた事件が絡み、
次の殺人が起こった。そして犯人、あるいは犯人組織?は逃走中、未だ発見されず。

急遽組織された混成チームを率いる指揮官が、
ヒールの音高く入場してくると、ざわめきがおさまり、水を打ったように静まり返る。

「お疲れさま。捜査会議を始めます。進捗報告を。」

いくつかの班に分かれて動いている中で、年長者がリーダーとされ、次々に進捗報告がされる。
確証や目撃証言らしきものが少しずつ挙がっており、そのたびに小さな歓声が漏れる。
捜査は確実に進展していた。

前に座った涼子は足を高々と組み、報告を聞きながらなにやら紙にペンを走らせている。
その隣に座っている丸岡がうまく議事進行していくのを、泉田は後ろの方の席に座って、メモを取りながら見ていた。

今回、涼子のご指名で側には丸岡警部がついている。
泉田は混成チームの中に入り、阿部と共に久々に現場を駆け回っているのだ。





涼子はこの事件を聞きつけ、一言『おもしろそうじゃないの』。
そしてその足で刑事部長に自分を指揮官にせよとねじ込んだ。

その夜行われた初の合同捜査会議は、各課の間の牽制に加えて、
刑事部きっての問題警視が指揮官に立候補してきたとあって、混乱と反感渦巻く様相を呈していた。

しかし初回から、涼子の指示は実に明確かつ迅速。そして最後に言い切った。

『これ以上過激になれば公安、地方に飛び火したり逃げられでもしたら警察庁が出てきて持っていかれるかもよ。
そんなことは絶対にさせない。ここにいる我々で何とかしてやろうじゃないの!』

・・・要約、「こんな楽しいおもちゃを取られてたまるものか」と。

しかしそのエネルギーがどんなに邪悪な動機から派生していたとしても、それはこの際関係ない。
その一言で混成チームはまとまり、涼子は信頼に足る果敢な指揮官と化した。

一筋縄ではいかないベテラン刑事たちの意見はうまく丸岡が吸収し、取捨選択して涼子に伝えていく。
それは泉田にはまだ、とうてい出来そうもない芸当・・・涼子の目は確かだった。





涼子は報告を聞き終わると、出てきた新事実を整理するとともに新しい指示を次々に飛ばす。

「潜伏拠点を洗っていた班、さっきの聞き込みで出た品川区の港湾倉庫を張って。」

「はいっ。」

泉田と阿部が組み入れられている班への指示だ。
隣に座っている阿部と地図を確認する。今晩は張り込みになるかもしれない。

会議が終わり、皆が立ち上がって散っていく。

泉田ははるか前に立って皆を見送る涼子を見たが、遠い位置からは目が合うことはない。

――そばにいない、そばにいられない違和感、焦燥感。

泉田はそのまま背を向け捜査本部を出た。





吹きさらしの寒風の中で、泉田は刑事たちと海岸にある倉庫前に張り込んでいた。

「泉田警部補は、参事官室付きですよね。」

若い巡査が潜めた声で泉田に話しかける。軽く頷くと、何人かが興奮したように続けてきた。

「薬師寺警視、かっこいいっすよね。自分たちの憧れです。」
「や、警部補がうらやましいっす。どうしてあんなにうちの部長は嫌がるんでしょうか。」
「どうしてドラよけお涼なんて呼ばれているんですか?」

泉田は、彼女に何の弱みも握られていない善良な若者たちを祝福の眼差しで見守り、
無言で小さく微笑み返してやった。

士気が高まっているのはいいことだ。何もこんなところで真実を暴露する必要はない。
人には知らない方がいいこともたくさんあるのだ。

阿部だけがおろおろと泉田の表情を読み、後輩たちに黙るように指示している。



薬師寺涼子はかっこいい。
しかしその破壊規模は、高層ビルをなぎ倒し、道路を踏み潰しても怪獣を倒すウルトラマンと同程度。
さらなる問題は、こちらはノンフィクションの世界にいることだ。

・・・心でそんな憎まれ口を叩きながらも、
泉田はさっき見た涼子の姿を思い出し、まだぬぐいきれない違和感に苛まれていた。

そばにいない。そばにいられない。
そのことがこんなにも自分を落ち着かなくさせる。





張り込むことしばし、じっと目を凝らしていた泉田たちの前に、車が停まった。
さっと全員に緊張感が走る。

1人・・・2人・・・2台の車から計7人が降りて、倉庫を開けて入っていく。

「あいつ、一番最初の事件の・・・!!」
「物証がなくて引っ張れなかった奴か!?」
「おいおい、大当たりだぜ、こりゃ。」

さらに車の数は増える。食いつくようにその様子を見守る。

「警部補、あれ、金高組です。自分、四課の手伝いで見たことがあります。」

阿部が声を抑えて泉田に伝える。泉田は小さく頷くことでそれに応えた。

「盗難車です!事件に使われた車両と似た番号もあります!」

ナンバーチェックをしていた若い刑事が小さく叫ぶ。

「黒幕は決まったな。しかもこれなら中に入れるぞ。
泉田、お涼はキャリアだ。形だけでも呼ぶのがいいのか、このまま俺たちで逮捕に踏み切って手柄だけ渡すか、
どっちがいいんだ?」

泉田たちの班のリーダー、一課の警部が低く泉田に問う。
キャリアの中には、全く現場に出てこない指揮官もたくさんいる。当然の問いだ。
泉田は短く答えた。

「お涼は飛んで来ます、連絡を。」

「わかった。全員待機。」

警部は無線で涼子に連絡を入れる。二言、三言ですぐ切れる。

「5分で来るそうだ。装填確認。」

リーダーの声に、全員が銃をチェックする。さらに緊張が高まる。
そうしているうちにも車はどんどん増え、構成員たちが倉庫に入っていく。
中には黒塗りの車の大物もいるようだ。
二課が追っていた政治家とも癒着が事実上黙認されている組だ。まさに稀に見る大当たりだろう。

「30人以上はいますね。」
「女王陛下は泣いて喜ぶだろうよ。」

阿部の武者震い伝わる声に、泉田が応えた、その時。

心臓が跳ね上がるようなけたたましいサイレン。
丸岡が運転するパトカーが、倉庫のどまん前に突っ込んでいく。
リーダーを先頭に泉田たちも飛び出し、そちらに走った。

外で見張っていた下っ端が中に飛び込む。急を知らせるのだろう。
猶予はない。

パトカーのドアが蹴り開けられると、涼子が飛び出してきた。

「警視、先に我々が確保を!」

リーダーの声に、凛とした声が返る。

「あたしが先頭だ!前は走るな!」





声とともに、ヒールの音も高らかに涼子が駆ける。
その姿は狩の獲物を狙う月の女神、ダイアナさながらの美しさ。
一瞬、周囲の動きが、電流に撃たれたように止った。

泉田が、涼子の後を追う。

「援護!」

丸岡の大声で、周囲の刑事たちも我に返る。

中からは見るからに凶悪な構成員たちが次々と飛び出してくる。
そして。

キーンッ!

突然、響き渡った銃声に全員が伏せた。
弾は倉庫の中から発射された。

次に響いたのは涼子の高笑いだった。

「ほーっほほほほっ。バカねえ。おとなしくしていれば窃盗か公務執行妨害で済んだものを。
凶器準備結集罪及び銃刀法違反!さあ、覚悟おしっ!」

泉田は伏せつつ頭を抱えため息をついた。なんてまぬけな犯罪者たちだ。これでは涼子の思うツボ。
涼子は飛び起きると、手近な2.3人を蹴り倒し、扉に向って走る。

「警視!撃ってきます!危ないっ!」

刑事たちの声が響く中、涼子は銃弾をくぐり抜けて走る。

泉田と、少し遅れて阿部と丸岡がその後を追った。

銃撃の間隔からして、相手は一人だろう。向こうも威嚇のはずだ。
これくらいの距離があって、走っていればまず当たらないとは思っていても、
恐怖でともすれば足が鈍る。

しかし前を走る涼子に、全くそんな迷いは見られない。
夜目にも眩しい茶色の髪が翻る。

涼子は扉に張りつき、そこにいた一人を殴り倒した。
追いついた泉田が、タイミングを図って中から半身を覗かせている狙撃者の腕に、銃を続けて2発発射した。

悲鳴が上がり、銃が転がる。

涼子が泉田に、あざやかな笑顔を見せた。
薔薇色に紅潮した頬、赤く色づいた唇、生命力に溢れる輝く瞳。

ずっと抱えてきた焦燥感が一瞬にして消滅する。

「狙撃成功、扉確保!・・・突入!!」

涼子を先頭に、次々に刑事たちが飛び込み、倉庫の中は大乱闘となる。

――主犯の頭に涼子の銃口が当てられるまで、10分を要しなかった。



「物証でました、車両から実行犯の指紋です。」
「金高組の口座に現金出入あり。つながりました、教唆犯の政治家からのものと思われます。」

現場は次々に到着するパトカーで、真昼間のような明るさになっていた。
連続凶悪事件の実行犯、黒幕をともに抑えたと思われる大捕り物は、伝説になるだろう。

泉田は引継ぎを終えると、辺りを見回した。
チームも皆、それぞれの課に戻りはじめている。阿部は犯人の連行に駆り出されていった。

――いた!――

涼子は、道の向こう側で、やっとやって来た刑事部長と話しつつも、そっぽを向いている。
どうやらまた大掛かりな器物破損と、無茶な突入のお説教を食っているようだ。

その拗ねた横顔が、愛しい。



涼子のすぐ近くで、丸岡がパトカーにもたれて待機している。
泉田はそこへ駆け寄り、敬礼した。

「お疲れさまです。丸岡警部。あの・・・車の鍵を頂けませんか。」

ためらいがちな泉田の声に、丸岡がにやりと笑う。

「高いぞ。」

泉田はただ黙って苦笑いを浮かべた。
丸岡がちゃりんと泉田の手の中に、パトカーの鍵を落とす。

「じゃあ後を頼んだ。」

背中を向けたまま手を振り歩き出す丸岡の背中を、泉田は敬礼で見送った。





鍵を握り締めると、泉田はパトカーの助手席側に立ってじっと涼子を見守った。

やがて。

話を終えた涼子が泉田を見とめる。

満面の笑みを浮かべ、駆け出す。



腕の中へ飛び込んでくるしなやかな体を、泉田はしっかりと受け止めた。


おかえりなさい。お疲れさまでした。


(END)



*まだまだ丸岡さんにはかないませんな、泉田クン(^^)。でもこうやって成長していくのかな。
背を向けて去る愛しの丸岡警部は、どうか渋くかっこよく、ルパンの銭形チックに想像してあげてくださいませ。
警察の捕り物のことはよくわかりません。実際の手順と違うことがいっぱいだと思いますが、どうかお許し下さい・・・。