<Party Night>
刑事部参事官室のクリスマスパーティは、都内の小さなレストランの一室で開かれた。
さほど肩がこるわけでもなく、しかし女性陣が憧れている評判の瀟洒な雰囲気のお店で、
老若男女入り混じった10人ほどのパーティにはちょうどよい。
この込み合っている時期に、この場所を確保し、店側に最高のサービスを要求したであろう、主催者の腕前はかなりのものだ。
その主催者、薬師寺涼子は満足げに皆の輪の中に座っている。
「それではお待ちかね、ビンゴゲームで〜す。」
貝塚の声とともに、阿部から手元にカードが配られる。
「ちゃんと全員分、賞品があるからあせらないでくださいね。会費分で全部違うものを調達しましたから、どれもいい品ですよ〜。
では警視、お願いします。」
涼子がビンゴマシーンに手をかける。歓声が上がる。
「あのガラガラから出てきた数字があれば、穴を開けていくわけだな?」
「そうです。縦でも横でも斜めでも、5つ揃えば上がりです。」
泉田は丸岡に、ビンゴカードを渡しながら解説を加えた。
「なるほど。おっ、25番か。よしよし、あるぞ。なかなか味のあるゲームだな。」
丸岡が周囲と一緒に歓声を上げ始め、泉田も自分のカードに意識を集中させた頃、
ふと視線を感じて顔を上げると、ビンゴマシーンの前に座る涼子と目があった。
ころんとマシーンから玉が転がる。貝塚がそれを拾い上げて、読み上げた。
「7番、ラッキーセブンです!」
泉田は自分のカードに目を落とした。
ある。7番。
しかも悪魔の絵が描いてある真ん中のフリースペースの真下。
あっけにとられて涼子を見つめると、艶やかなウィンクが返る。
偶然・・・だよな?
泉田は首をかしげながら、またカードに目を落とした。
涼子は不機嫌そうに麗しい眉をしかめたが、貝塚に促されてまたマシーンに手をかけた。
「で、泉田クンの賞品はなんだったの?」
涼子は泉田に尋ねた。
会場から涼子のマンションまでは、歩いて15分。いつものとおり、泉田が送り届けることになった。
「この形と重さからするとワインじゃないですか?楽しみだなあ。
警視のは何だったんですか?」
「あたしのはないわよ。」
「え?」
「あたしがマシーンを回していたのに、あたしがもらったら反則でしょ?」
それもそうだ。
泉田は少し寂しげにそう言った涼子の頭に、そっと手を置いた。
「そうですね、失礼しました。お疲れ様でした。」
クリスマスパーティを企画させては?と涼子に進言したのは泉田だった。
日ごろ涼子の下にいるだけで、庁内で皆肩身の狭い思いをすることが多い。
難事件を解決しているという誇りだけでは、割り切れないストレスもたくさんあるのだ。
涼子は、生まれ持って叩き込まれた帝王学でその進言を理解し、
貝塚と阿部に企画をさせ、会場確保やひそかな資金援助にのみその手腕を発揮し、とても楽しいパーティを作り上げた。
「さすがは警視です。あらためて尊敬しました。」
頭をかるくなでる泉田の大きな手。
普段の泉田はあまりしない仕草だ。涼子は、そのぬくもりに少し鼓動を早くした。
・・・しかし、次いで聞こえてきた言葉に、涼子はかくっとあごを落とした。
「うーらー!ですよ、全く。」
本当にこの男は・・・この場面で言うことがそれかっ!
(注:『ウーラー』とはロシア語で『万歳』。涼子が敬愛するエカテリーナー2世も、馬上で兵たちからこの賞賛を浴びた。)
拗ねた瞳で見上げると、ほろ酔いの泉田と目があった。
このあたしが見下げられているなんて。
涼子は一瞬物理的位置関係に憤ってみたが、そんな思いはなぜかすぐ消えていく。
愛おしいんでくれるような、慈しんでくれるような、そんな大きな温かい想いが伝わってくるから。
大好きな飼い主の膝の上に乗ってなでられている猫も、こんな気持ちなんだろうか。
「ああ、ごめんなさい。頭をなでるなんて、失礼ですよね。つい。」
泉田は黙ったままの涼子の視線をそう解釈すると、頭から手を離した。すいと温もりが離れていく。
やだ、離れないで。
涼子は、とっさに右腕を泉田の左腕に絡ませた。
「警視?」
「・・・がんばったんだから。パーティなんてほんとはきらいなんだからね。」
「はいはい。」
「みんな本当に楽しんでいたの?泉田クンが言うからやったのよ。」
「ありがとうございました。本当にみんな楽しそうでしたよ。警視に感謝していました。」
泉田は言葉を切って、立ち止まり、そして腰を落とすと涼子と目の高さを合わせ、言った。
「もちろん私も、とても楽しかったです。ありがとうございます、警視。」
・・・反則だ。
涼子は心の中で思い切り叫んだ。
この男が完全に無自覚にやっている仕草の一つ一つに、あたしがこんなにも翻弄されるなんて。
しかしどんなに叫んでみても抗ってみても、耳まで真っ赤になる自分は押さえられない。
涼子は泉田の目をじっと見つめ返した。
泉田は苦笑いを浮かべた。
「どうしました?・・・帰りましょう・・・!?」
言葉は途中で途切れた。
涼子の唇が、泉田のそれをふさいだから。
涼子は絡めていた腕を外して、泉田の背中に手を回した。
少し戸惑っていた泉田が、ふわりと涼子を抱きしめ、ついばむように唇を包み込む。
「・・・ワインの香りがする・・・。」
「相当飲みましたからね。」
名残惜しげに離れたキスの後で、涼子は泉田のコートをぎゅっとにぎりしめた。
「今夜はずいぶんと甘えん坊なんですね。」
涼子は返事をせずに、泉田の胸に顔をうずめた。泉田はその背を優しく抱き返し、髪をなでた。
「もう少し飲みたい・・・。」
「いいですよ、おつきあいさせて頂きます。」
「そのワイン、2人で空けるからね。」
「それはいいですね、でも冷えていませんよ。」
「じゃあ・・・。」
「・・・冷えるまで・・・一緒にいてもいいですか?」
囁きが涼子の耳元を掠める。
少し上ずった、照れた声。でもそれは大好きな低音の響き。
返事の代わりに、涼子はもう一度、泉田を見上げて、目を閉じた。
涼子が準備したビンゴカードは、すべてのカードに「7」が含まれている。
ちなみにとある占いによると、7と真ん中の悪魔(または天使)の位置関係で、
その年の恋人との関係が占えるらしい。
もちろん真ん中に一番近い8個のポジションに7番があれば、まずは離れる心配はないらしい。
そして泉田が引いたすぐ真下の位置は・・・。
『相手のお気に召すままが円満の秘訣』
(END)
*全部に7が入っているビンゴカードの話は本当です。いわゆるボーナスナンバーですね。
占いは・・・どうでしょう(笑)?ネタにして色々作っていくとおもしろいかもしれませんね。