<流星群>

午前2時を知らせる、小さな鈴の音がPCから流れた。

泉田は読みかけの本をテーブルに置くと、立ち上がり、カーテンを開いた。
少し曇った夜空が広がる。

――見えるだろうか?――

首をかしげながら、泉田は寝間着の上にセーターを着込み、ぶあつい靴下をはいて、
さらにダウンジャケット、手袋、マフラーと次々に装備する。

一応携帯、そして財布、ハンカチとポケットにほおりこみ、
最後に、愛用のビーンズクッションに大きなゴミ袋をかぶせ、毛布を抱えて準備完了。

音をたてないようにそっと家を出ると、階段を上がり、あらかじめ借りておいた鍵で、
屋上への扉を開く。

日ごろ工事でもなければ閉じられたままの扉は、少しきしんだ音を立てて、夜空への道を開いた。




官舎の屋上にビーンズクッションを下ろしてその上に座り、毛布をかぶって夜空を見上げる。

狙うは、ふたご座流星群。

ネットの予報では、これからの1時間が一番よく見える期待時間だ。

少しずつ目が慣れてくるとともに、体が冷えてくる。吐く息が白い。
夕方白く輝いていた折れそうな三日月は、とうに沈んでしまい、
雲の切れ間からいくつかの星が瞬いている。

都心方向がぼんやり明るいのは、この大都会、仕方ない。
ひとつでも見えればいいのにと目をこらした矢先。

天空を大きく星が流れた。

「!!」

見逃すまいと息を詰めてじっと夜空を見上げていると、
ふいをつくようにまた、視界の隅で光が流れる。

泉田は、夢中になって夜空を眺めた。
首がだるくなるたびごと、少しずつ姿勢を変えて見上げる。

灰色がかった闇に身を溶け込ませてしまいたいと思ったその時。

携帯の着信音が鳴った。
ディスプレイの表示文字は、『ドラよけお涼』。




「起きてる?」

いつもの鋭さはなりを潜めて、少し眠そうな声が尋ねる。

「起きていますよ。どうしました?」
「見てるの?帰りに言ってた、流星群。」

「見ています。今、官舎の屋上です。」
「ホント!?」

飛び起きた気配が伝わってくる。
寝転んでかけていたのかと思うと微笑ましくて、泉田は自然に笑顔になっていた。

「で、どうなの?見える?」
「ええ、数は少ないですが、しっかりと見えますよ。あ、また流れた。」

「そうなんだ・・・あたしも見ようかなあ。」

言葉の後に続く小さなくしゃみ。泉田は涼子の無駄に広い部屋を思い出した。

「警視、だめですよ。外はかなり冷えています。
バルコニーに出るなら、温かく着こんでください。」

まさかカナダでのようにブラウス一枚だけはおっている季節でもないだろうが、
全体的に四季を通して露出度の高い人だ。

「ほんとだ。すっごく寒い。少し曇ってるのね。」

カラカラと窓を空ける音が入る。

「さっきは少し西よりに流れましたが。」
「西?あ、こっちか。」

くしゅん。
また小さなくしゃみが聞こえる。

「警視!本当にちゃんと着こんでるんでしょうね!?」

「だーいじょうぶ、だいじょうぶ。なんだか明るいなあ。」

泉田の視界で、また一つ星が流れた。

「あ、ほらっ!」
「えっ!?うそっ!見えなかったわよ。」

「うーん、そっちは都心ど真ん中と言っていいほどの場所ですからね。
ここよりずいぶん明るいんだと思います。」

「そう?練馬区とそんなに違うかなあ。見えてる星の数も違う?
えっと一個、二個・・・。」

「数える気ですか?警視。」

泉田は夜空を見上げながら笑った。

「だって、せっかく見ようと思って起きてたのに!泉田クン、写メ送って。」
「無理に決まってるでしょ。携帯なんかじゃ写せませんよ。」

えーとかちぇっとか、悔しそうな涼子の声が携帯から聞こえる。




「あっ!」

次の瞬間、二人は同時に声を上げていた。
ひときわ大きな光が、西の空へ向って流れたのだ。

「見た!見えたっ!」
「大きかったですね。」

くしゅん、くしゅん。
立て続けにくしゃみが聞こえてくる。
泉田は体を起こして携帯に向って厳しい口調で言った。

「警視。もう中に入ってください。風邪をひきます。」
「えーもう一個だけ。」

「だめです。」
「だってまだお願いしてないもの。」

「私が代わりにしておいてあげますよ。『世界征服』でいいですね。」
「・・・それでいい。」

流れるまでの間に、こんな壮大な野望が3回も唱えられ、まして叶えられるだろうか。
疑問に思いつつ、泉田は窓が開かれ、閉じる音にほっと安堵した。

「中に入りましたか?ベッドに戻ってくださいよ。」
「わかってるってば。あーあ、もっと早くに言いなさいよ。軽井沢に行っておけばよかったじゃない。
きっとすごくきれいに見えたわよ。」

「本当ですね。」

泉田は軽井沢のあの満天の星空を思い出した。
天候は調べてみないとわからないが、晴れていれば絶好の鑑賞スポットだ。

「そうしたら・・・。」

涼子は小さな声でつぶやいた。

『一緒に見られたのに。』

夜空が広がる静かな屋上で、泉田の耳はそのつぶやきをしっかりと拾った。




泉田は一度目を閉じ、ゆっくりと目を開いた。

またざわざわと胸が騒いでいる。
確かに、今一緒にいられればどんなにいいだろう。

また一つ、視界の隅で星が流れる。

「あっ。」
「また流れたのっ!?ちゃんとお願いするのよっ!」

泉田はあわてて『世界征服、世界征服、世界征服』と心で3回つぶやいた。

「・・・大丈夫です。なんとか間に合ったと思います。」
「頼むわよ。」

徐々にいつもの口調に戻りつつある上司に、泉田は苦笑した。
このままでは、彼女も目が覚めてしまうだろう。

「警視、もうおやすみになってください。」
「・・・なんだか悔しい。」

ぱふっと音が入る。ベッドに横になったのだろう。

「ちゃんとお願いもしましたし、もう少し見たら私も休みます。明日の仕事に差し支えないように。」
「一晩くらい寝なくてもいいのになあ。」

「そういうわけにはいきませんよ。ゆっくり休んでください。」
「うん。」

ベッドはあったかいですか?」
「うん・・・。」

「流星の話はまた明日しましょう。いいサイトも探しておきます。」
「うん・・・。」

少しずつ言葉の感覚を開け、話すスピードを落とす。
少しずつ涼子の反応が小さくなる。

「おやすみなさい、警視。」

返事は返ってこない。しばらくするとぷつりと切れた。
携帯をにぎりしめたまま寝てしまって、何か言って切ったつもりなのだろうか。

急に回りの温度が下がったような気がする。
寒さに気づかぬほど会話に夢中になっていたのだと気づく。

泉田は携帯を切るとポケットに入れ、もう一度空を見上げたが、今度はなかなか星が流れない。

もう一つ見たら寝よう。
今度は自分の願い事を星に託して。

世界征服に比べればずいぶん小さな野望だが、2つ。
『家内安全・無病息災』。

ささやかだからあと1つ加えても、お星さまは叶えてくれるだろうか。

『恋愛成就』。

泉田は星が流れるのを、じっと待っていた。

(END)



*え〜、前の2つと最後の1つは相反すると思います、泉田クン。
お星さまでも全部を一度にかなえるのはきっと無理。
しかも最後の1つは、お涼サマの願いが叶う時には付属でくっついてしまいそうなので、
来年以降も泉田クンは大変だと思います・・・。