降りしきる小雨の中、棺を乗せた車がゆっくりと進む。
制服警官の列が敬礼で見送る。
喪服姿の涼子と由紀子も、その列の端で敬礼の姿勢を取った。
クラクションが弔鐘のように長く、湿った空気を震わせる。
涼子は左手の琥珀色のペンダントをぎゅっと握り締めた。
<Under The Rose>
泉田は雨の中、車の方に歩いてくる涼子を見とめ、あわてて運転席から傘を持って飛び出した。
涼子の短い髪からは水滴がしたたり落ちている。
急いで傘をさしかけた泉田は、ふと少し離れて後ろを歩いてきている由紀子に気づいた。
涼子を心配して、ついてきてくれていたのだろう。
泉田と目が合うと、由紀子は傘の中で小さく一礼し、背中を向けもと来た方向に歩き出した。
泉田はその後姿に一礼した。
涼子はさしかけられた傘の中でじっと動かない。
前を見据える瞳には、濃い憂いの影が鈍く光っている。
泉田は片手で上着を脱いで、涼子に着せ掛けた。
「・・・帰りましょうか、警視。」
「行ってほしいところがあるの」
「はい。」
雨に濡れてしまった涼子のために冷房を切り、泉田は車を出すべくサイドブレーキを外して次の言葉を待った。
涼子はぽつりととある植物園の名前を告げた。それは都心からだとゆうに2,3時間はかかる場所。
「今からでは車も混んでいます。日暮れまでに着けるかどうか。」
泉田の言葉に、涼子はもう答えなかった。黙って窓の外を見ている。
「・・・わかりました。」
泉田は『何時間かかっても行く』という無言の命令を実行すべく、ハンドルを握りなおした。
「覚悟の上の捜査だったのよ。」
高速道路を下りてしばらくすると、涼子が口を開いた。
途中の渋滞ですでに日は暮れており、街灯が灯り始めている
「時期尚早だって、このあたしが止めたくらいだからね。無茶だったの。」
今日見送ったのは涼子と由紀子の大学の先輩にあたる女性警官。
警察庁に配属され、かつここ2,3年は科学警察研究所に出向していた為、泉田は顔を知らない。
ただ大物の政治犯を追い続けていたということは、警視庁内でも噂になっていた。
その女性が一昨日の夜、突然発砲してきた相手を傷を負いながらも追いかけ、止めの凶弾に倒れた。
由紀子が持ってきたその報を聞くと、涼子は眉をしかめぎゅっと唇を噛んだ。
由紀子は冷静に事実と葬儀の場所と時刻を告げ、最後に静かに言った。
「お涼・・・あたしたちがやるわよ、必ず。わかっているわね。」
「わかってるわよ。」
涼子もまたきっと由紀子を見つめると、鋭く言い放った。
「・・・消された、ということですか。」
「そういうことでしょうね。」
涼子は泉田の問いに答えると、手を開いてペンダントを見せた。
「これ、1週間ほど前に送られてきたの。」
「彼女からですか?!」
「そうよ。」
信号で停まると、泉田は涼子の手の中を覗きこんだ。
「琥珀・・・ですか?」
透明な飴色の石。さらに中に小さな花びらのようなものが入っている。
「琥珀に似せた人造鉱石よ。よく出来ているわ。ただ固さが違ったわ。
琥珀は化石、人造では同じ硬度はなかなか出せない、それで気づいて分析させたの。
そうしたらこの中の花びらにね、ある人物の名前が刻まれていたのよ。」
「えっ・・・!?」
信号が変わって車が流れ出す。
泉田は動揺を抑えて、静かに問い返した。
「証拠になりますか?」
「残念ながらなり得ないわね。当の本人はもうこの世にいない。
だからどんな方法で入手したのかもわからない。
いえ・・・たとえわかったとしても、おそらく正当な捜査で入手したものではないでしょう。
それを証拠物件とは呼べないわ。
彼女のここ2,3年の捜査方法は、決して誉められたものではなかったから。」
裏取引、体を使っての情報入手、家宅侵入、私文書偽造・・・。
涼子が話す彼女の捜査方法の一部は、泉田にも噂の中で伝わっていた。
「でも、この名前をあたしが知ったということには意味がある。そうでしょう?」
一人の女性が命と引き換えに託した、犯罪を解く鍵。
想像して余りあるその重さ。
「遺志を引き継ぐとか、そんなお由紀みたいなこと思わないわよ。
ただ気に食わない。あたしの領域内(テリトリー)で人を消して、それで終わると思ったら大間違いよ。
絶対に許さない。」
ぎりりと音がするのではないかと思うほど強く唇を噛み締める気配が、隣の泉田にも伝わってくる。
まもなく車は目指す植物園の前に滑り込んだ。
いつの間にか小雨は上がり、雲が流れる切れ間からはぽつりぽつりと星が出ている。
開園時間を過ぎているため門は閉まっていた。
涼子は車を降りると、携帯でどこかに連絡を入れている。
泉田はその後姿を車の横に立って見守っていたが、ふとどこかから流れてくる甘い香りに気づいた。
――薔薇?――
植物園なのだから薔薇があっても不思議はない。
しかしどれくらいの本数があればこんなに強く香るものなのか。
その答えはすぐに出た。
どこからか慌てふためいて飛び出してきた警備員が門を開き、2人を招き入れた。
涼子は迷いもせずに、すたすたと建物の裏に歩きだす。
だんだんと香りがきつくなる。
「こっちよ。」
建物の角を曲がったところで涼子が立ち止っている。
泉田は後を追って角を曲がった。
そこは一面の薔薇園だった。
今を盛りと見渡す限り花が広がっている。
「これは・・・・。」
「シーズンだし、雨上がりだから見事でしょ。都内ではここが一番規模が大きいかな。」
涼子は小さな小道を歩き、真紅の一輪にそっと頬を寄せた。
「昔桜の下で死にたいと願ったお坊さんがいたけれど…あたしは命終わるなら、この花の中がいいわ。
何百年と愛され、人の手を経てまた色も香りも生まれ変わり時代を超えて咲き誇るこの花が好きよ。」
「警視!」
泉田は自分でも驚くような大声で涼子の言葉を遮った。
「どうしたの?」
涼子は泉田の剣幕に肩をすくめて笑ってみせた。
「心配しなくてもあたしは死にはしないわよ。それよりちょっとこっちに来て。」
涼子は泉田を手まねきすると、その耳元に何事かを囁いた。
「本当にいいんですか?」
「かまわない。いくわよ!」
涼子が高々と夜空に向けて放った琥珀色のペンダントが、月の光を受けて煌く。
泉田は瞬時にその煌きに狙いをつけると、引き金を引いた。
小さな金属音とともにペンダントが空中で砕け、金色の粉が舞い散る。
それはしばらく風の中で漂った後、やがて花たちの中に溶けていった。
「・・・彼女はここで眠るのよ。」
静かにつぶやく涼子を左腕で抱き寄せると、泉田はホルダーに拳銃を収め、
夜風に微かに震えている茶色の髪に唇を落とした後、月を見上げた。
冴え渡る白い光は、宝石のごとく輝く。
――まるで葬られた秘密を封じ込めるように。
2人は無数の薔薇が香る6月の夜の中に、いつまでも立ち尽くしていた。
(END)
*先に満開のバラの中に立つ2人のイメージがあって、出来たお話です。
Under the roseという言葉には『秘密』という意味があることは有名ですが、
当サイトには珍しく全体的にシリアストーンでごめんなさい。
涼子とお由紀は、泉田クンの協力も得て、いつか必ずこの難事件をケンカしながら解決してくれると信じています。
それを救いにしてくださいませ。ドラよけお涼に不可能はないのだから。
サウンドトラックから「Cendres et diamants(灰とダイヤモンド)」をBGMに書いていました。
メインテーマがかっこいいっ。放送が楽しみですね。